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また、集落に辿り着いた。集落でほんの一息つこうと、昼飯を済ませ、川辺で座り休んだ。木箱からはまだ水滴が落ちている。
一滴一滴、木箱の隙間から滴り地面に落ち行くまで目で追う。全て透明で透き通り、秋の暑さには絶品の一滴。千丸から流れる汗の一滴の何倍の価値があるのだろう。
じっと眺めていると、その中の一滴が突然、不透明な赤にかわった。その薄赤い水滴は徐々に赤黒く、まるで腐った血のようなものに見えてきた。
「血、血だ!」
仰天した千丸は目を擦ると、元の無色透明な水滴に戻った。
こんな幻覚も見てしまうのか。
歩いたら忘れるさと思い、休む時間も惜しまず立ち上がった。振り返ると、集落の童が木箱を興味津々と眺めていた。
「こおりや、その滴る水だけちょいと味見させて」
その童は千丸の許可もなく、木箱から滴る水に手を伸ばそうとした。
「触るな!!」
千丸は童の手を叩き、水滴に触らせなかった。
その時の千丸の顔ときたら誠に恐ろしい形相で、鬼を相手にする様だった。
千丸が我に変えると童は泣き出し、向こうからやってきた親が怒って駆けつけた。
「我は悪行働いたとは思っておらん」
千丸は急いでその場を去ろうとすると、童の親が追いかけてきた。
「待て!詫びいれんかい!」
重たい荷を運ぶ千丸が逃げ切れるわけもなく、あっけなく親につかまり頭を一発殴られた。その瞬間、頭に走る激痛が熱く感じ、同時に意識を持っていかれそうになった。
「そ、そもそも、その小童が我の運ぶ荷に手をつけようとしたんだ」
そんなこと聞く耳持たず親は、千丸の胸ぐらを持ち上げもう一発殴らんと構えている。
「二度と近寄るな!」
あまりに千丸がしぶといもんで、親も諦めたのか、そう一言だけ言い捨て帰って行った。
千丸が何故、童に木箱の水に触れさせたくなかったのか、それは京に運ぶ品であったこともそうであるが、後ろで運ぶ氷が不気味で仕方がなかったからだ。そんな異様なものを触ったらどうなってしまうのだろう。
そして何より、これを天皇が、武士が口にすることを懸念していた。しかし思い返せば千丸もその水滴を口にしていた。
そうだあれからだ、あれからおかしなことが続いてきたんだ。ならこの氷は捨ててしまった方がいい。
しかし捨てたらどうなる。天皇になんと説明すれば良いのか。良くて打ち首、悪ければ腹切りだ。どちらにせよ死罪を免れることはできない。
考え抜いた末に千丸が決意したことは。
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