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僧の言葉でようやく理解できた。
安呂岳の氷室の氷は当然、安呂岳の雪解け水から作られている。雪解け水の中には殺された女の骸から流れる血や体液が混じっていたんだ。
憎悪の念がその雪解け水に込められ、氷となり、氷室に保存され、そして憎悪を宿したまま千丸は京へ運んでしまった。
武士たちがそれを口にしたことで、女の憎悪がようやくあらわになったわけだ。
この中に女を殺した武士がいるかどうか、千丸には分からなかったが、女は武士そのものを憎み、復讐を今ようやく果たしたのか。
武士が張本人だから、千丸は悪夢を見るだけで済んだのか。
貴族の中には恐らく、元武士もいたのだろう。
「なんてことだ、なんてことだ」
千丸は自分の行いを悔い嗚咽し、地に跪く。地面に滴り落ちる汗は秋の暑さを物語るが、今は恐怖で身も心も冷めてしまいそうだ。
その滴り落ちる汗の中に一滴、赤い血が混じっていた。
驚いた千丸はすぐにその血が自分のものではないことに気が付く。その直後、後ろに冷たい気配を感じた。恐怖のあまり振り返ることができないが、明らかにそれは女であることに気が付く。
血まみれの女は殺し合う武士を見て、けたけたと笑っている。まるで悪戯でもしているように、千丸のすぐ後ろで。
「な、何故、我にとり憑く」
振り返らずに問うと、女は笑いことをやめた。
刹那————。氷のように冷たい手が千丸の首元を絡め、真横まで顔を近づけた。
冷たい吐息が頬筋を伝い、千丸の躰を凍てつかせた。
「お主の中にも、私がいる————」
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