たぴおか

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たぴおか

タピオカ……。 まるで偶蹄目で尻に縞模様がある 珍獣オカピのようなフザケタ名前だ。 だが、どこか他人とも思えない。 酒と煙草と女が好きな ハードボイルドな探偵のこの俺が そんな珍獣のような食べ物の為に 果てしない行列に 並ばねばならなくなって しまったのには理由がある。 3年前突然、 白い服を着た男と消えた 母親を探して欲しいと言う ミオからの依頼……。 待ち合わせ場所に現れたミオは まだ高校生。 誰もが振り返る美少女だった。 下手すると俺とは 親子程年齢の開きがある。 白い肌が引き立つ レースがかった黒のタンクトップに 黒のミニスカート。 普段から黒か白しか着ない俺には 御誂え向きだ。 数年後にはきっと男を手玉に取る イイオンナになるだろう。 道行く男共が皆 遠慮がちに視線を彷徨わせる。 コレは俺のモンだと言わんばかりに 強面な俺は男共を視線で威嚇する。 おっと、依頼主との色恋沙汰は 御法度だったぜ。 まして相手はまだ未成年……。 そもそも俺は大人の女しか興味はないが。 裏びれたビルの一角にある 探偵事務所の黒電話が鳴ったのは 八月なかば夕方の事だった。 ミオは手短に用件を伝えると 明日、新宿にある このタピオカミルクティーの店で 待ち合わせしたいと 小声で言った。 新宿で……タピオカ? 探偵はBARにいるのが普通だぞ。 遠くで微かに雷鳴が聞こえた。 どうやらひと雨来そうだ。 何故、多くの探偵事務所の中から 俺の事務所を選んだのか訊くと 「名前」とだけミオは答えた。 電話の声はやけに遠く ノイズが矢鱈多いのが気になった。 依頼のあったこの場所に 人混み掻き分け やって来たらこの行列だ……。 これには流石の俺も閉口した。 真夏の炎天下に黒いスーツ。 砂漠の蜃気楼のようにゆらめく行列。 ポケットの煙草に思わず手を伸ばし 視線に憚られ咥えた煙草を箱に戻す。 どこか適当な茶店に入って 話を聞こうと言うと、 絶対に此処のタピオカミルクティーが 飲みたいんだと、ミオは頑として譲らない。 行列に並んでお話しながら 待つのが楽しいのよ? 探偵さんと一緒に並びたいの…… そう、ミオは小首を傾げ 上目遣いでおねだりした。 仕方ない……これも仕事だ。 ミオは並んでいる間中 この店がどれだけ人気なのか ミルクティーの茶葉が他の店と違い どれだけ高級で香り高いのか、 群雄割拠の日本だけじゃなく アジア各国にその勢力図を広げて どれだけ人気があるのかを まるであらかじめ 調べ尽くしてきたかのように 能弁に語った。 捜索対象の話をしなくて良いのか? 俺はシャーロックホームズでも ポアロでもない。 小さ過ぎるヒントで事件を解決したり ジッと座ってトリックを見破ったりは できないぞ。 それにしても……。 周りは若い女の子の二人組ばかり。 そんな中、明らかに異質な俺は 完全に浮いていた。 名探偵フィリップ・マーロウよろしく 黒い帽子を目深に被り直して 俺は好奇な視線を遮断する。 ミオは、行列を見ると 並ばずにはいられないと言う。 行列に並んでいると 安心するのだと……。 何だかわからん人だかりや行列に 何も考えず混ざり込むような 人間には決してなるな……と 元刑事(デカ)だった頑固ジジイに 言われて育った俺には 理解できない行動理念だ。 順番は思いの外早く進み ピンクだらけの店内に潜入したのは 到着して1時間位経過した頃だ。 泥水の中に沈むカエルのたまご……。 それが俺の第一印象だ。 プラスチックのカップを渡されると 周りの客達はケータイで 写真を撮りまくっている。 背景に店の看板を入れる事も 忘れない。 飲まないのか? 「探偵さん意外とトールなのね」 お。若いのに レイモンド・チャンドラーの 『大いなる眠り』の名台詞を 知ってるのか。 ガタイの良い俺にピッタリだ。 すかさず俺は渋い声で台詞を返す。 「俺の所為じゃない」 ミオ……何故ポカンと口を 開けてるんだ? 「いやいやいや… カップのサイズだよ」 ミオはカップを指差しながら言った。 トールって、スタバ的呼び名かよ! 真夏でも黒のスーツに 黒のネクタイがトレードマークの 俺は、涼しい顔していても実際は 汗でドロドロだ。 喉もカラカラなんだ! 堪らず太いストローに口を付ける。 ドゥルン。ドゥルン。 ドゥルルルン……。 ぐごっ!!!コフ……。 黒い玉が勢いつけて喉を直撃。 思わず咳こむ。 奇襲か!? 丸腰の俺のウブな扁桃腺を 容赦無くスッポスポ連続攻撃を 繰りだす黒い玉。 口の中は奴で一杯だ。 撃っていいのは 撃たれる覚悟のある奴だけだぜ。 俺は反撃する。 ぎゅっむぎゅむぎゅむ。 モッチャモッチャ。 噛めども噛めども牙を跳ね返す 強烈な弾力。 【ゼリー〈 グミ 】の奇妙な食感。 (ゼリーより固くグミより柔らかい) 冷たく甘ったるいミルクティーとは 対象的に黒い玉は生暖かかった。 飲み物なのに食べ物って ……ナメめてんのか? もぐもぐに忙しくて 俺もミオも無言だ。 それにしても店の奴……。 こんなにも黒い玉を詰め込みやがって これじゃ具沢山の味噌汁じゃねぇか! だが、まぁ美味い……か。 ハードボイルドを気取ってはいるが 実際のトコ俺は甘党なんだ。 何度目かのアタックで俺は 黒い玉の攻撃を舌で躱す技を 身に付ける。 伊達に修羅場をくぐって来た訳じゃない。 俺もやられっぱなしじゃないんだぜ。 プラスチックのカップで ミルクティー部分が 底をつこうという時 フイに新たな問題が浮上した。 怯える小動物のように 端に寄り添う黒い玉を 俺のストローは捕獲できず彷徨う。 うっかり黒い玉に気をとられていると ミオは何か叫び、 人混みの中に走って行った。 新たに行列を見つけ、 その最後尾に並ぼうとしている。 しまった!俺としたことが 依頼人を見失うとは。 周りの景色の黒と白が反転する。 風景がゆっくりと回転し始めた。 駄目だ。 その行列に付いて行っては……。 俺の本能がサイレンを鳴らす。 ミオは人々が行き交う 交差点を渡った。 真夏の灼けたアスファルトに 陽炎が揺らめいている。 逃げ水がゆらめく虚像の川の先には 都会を行き交う人混みとは何かが違う 薄ぼんやりとした色の無い行列。 これは真夏の白日夢なんだろうか。 都会の真ん中だというのに 街の騒めきが一切聞こえない。 一体何処にいるのか 夥しい数の蝉の鳴き声が まるで読経のようなうねりとなって 辺りに渦巻いていた。 白のミオが長い髪を乱して ゆっくりと振り向く。 俺に手を振って、何か叫んだ。 ミオの隣には俺と同じ位の年の ミオによく似た女性が微笑んでいた。 二人はお互いに手を取り合い 俺に会釈をする。 額を汗が伝う。 行列の先には……黒い牛。 ──お迎えは急ぎの馬で、 お見送りはゆっくりな牛で。 白い天井……眼が覚めると そこは病院だった。 俺はどうやら熱中症で倒れたらしい。 救急隊員が通報者から聞いた話だと ブツブツ独り言を繰り返して 周りを威嚇しながら 1人で並んでいる所ぶっ倒れたと。 一人で……? 俄かに廊下が騒がしくなる。 看護師に囲まれストレッチャーが 猛スピードで押されて行く。 医師と思しき白衣の男も後に続く。 ん……白い服の男って……。 「しっかりして!ミオちゃん! 元気になったら、退院したら あの店に並ぶんでしょ? がんばって!ミオちゃん」 看護師の激励が虚しく 廊下に木霊した。 俺がいる病室のドアの横を 通過する時何故かその光景は スローモーションのように見えた。 真っ白いパジャマを着た ミオと目が合う。 アリガト……強面の探偵 瀧岡(タキオカ)さん。 一瞬の事だった。 長く入院生活を 余儀なくされていたミオ。 それを支え続けた母親は 看護疲れだったのか 三年前に急逝したと 後に病院関係者から聞いた。 その事をミオの家族は ミオに伝える事が出来なかったのだと 言う事も……。 俺の名前は瀧岡。探偵だ。 黒いスーツに身を包み 今日も俺は黒い玉の行列に並ぶ。 了
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