3.尚親と淡雪

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 夕餉(ゆうげ)の後、淡雪は尚親と通孝の居室へと現れた。夜分に男の部屋へ一人乗り込んで来るなど、どう育ったらこんな姫になるのかと二人は頭を抱える。 「尚親、尚親はおるか!」 「淡雪殿……お館様が不在だからと言ってさすがに夜の訪問は……」 「「通孝!!」」  淡雪と同時に通孝を諫めた。同じ事を考えたのかと顔に熱が集まるのを感じたが、淡雪の顔を直視することは出来ない。それは相手も同じようだった。とにかく「要件は何だ?」と空気を変えるように促す。  「今宵、寝所を交換して欲しいのだ」  通孝と顔を見合わせた。その顔が面白かったのか、淡雪が急に吹き出す。 「笑いごとではございませぬぞ、淡雪殿」 「そうだ。何故そなたと儂が寝所を交換せねばならぬ」  コホンとひとつ咳払いをし、淡雪は自らの笑いを止める。 「とある者に言い寄られておるのだ。ここのところ毎晩、文をよこしてくる」 「ほう」 「だが文は一方的な思いだけを綴っていて、どこの誰かもわからぬ。それで昨夜、とうとうこの文が届いたのだ」  小さく結ばれた文を受け取ると、おもむろにそれを開いた。通孝が覗き込み、『今宵、逢いに行く』と書かれた文を口に出して読む。 「貞操の危機ですね……」 「通孝!」 「そうであろう? こんなことになるとは思ってもおらなんだ。今宵は父上がおらぬので相談出来ぬし……わらわを助けると思って、な? 頼む! 尚親殿」 (こんな時ばかり『殿』を付けおって……)  淡雪も奥寺の姫だ。こういう可能性が全く無いわけではないだろう。が、しかし……淡雪のまだ発展途上の胸元をチラリと盗み見る。 (夜這いするのにはまだ早いのではないか?)  それに昼間の急襲に遭っている身としては、どうも手紙の主に釈然としないものがあった。淡雪をよく知っている者であれば、あれを襲えば自分の身の方が危ないと知っているはずだ。  結論を出せずに通孝を見ると、彼は頷いていた。それは「困っている姫の助けになりましょう」と、「無闇に領主の娘に逆らわない方が良いでしょう」の二つの意味の頷きだと察する。 「わかった。交換すれば良いのだな」  納得はしていなかったが、たかが寝所を交換するだけだと承諾すると、早速淡雪の呼んだ侍女によって彼女の居室へと案内された。彼女の父である近朝の配慮からか、淡雪の居室は屋敷の真反対に位置しており、最も遠く離れた場所にあった。 「(とこ)の準備は整っております故、今宵一晩こちらでお休みください」  そう言って立ち去ろうとした侍女を、「待て」と呼び止める。 「(くだん)の姫に文を送っている者だが、どのような男だ?」 「いえ、(わたくし)は見ておりませぬ」 「では、どうやって姫に文を渡している?」 「はぁ……。何でも夜半になるとそこの戸が少し開き、そっと文を置いて去っていくのだとか……。私も先程姫から明かされた故、驚いておりまする」 「先程?」  「それでは」と言って侍女は居室を後にした。
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