3.尚親と淡雪

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 「どういうことだ?」と呟きつつ振り返ると、通孝は早速机の上の文箱の中を覗いていた。 「通孝、さすがに姫のおらぬ間に物色するのは……」 「尚親様、これをご覧ください」  くしゃくしゃに丸まった紙を通孝は開いて見せた。そこには、『今宵、逢』まで書いてあり、逢という漢字の横棒が一つ多い。 「書き損じ、じゃな」 「ですね……」 「侍女は文の相手を知らぬようだし、先程姫から話を聞いたばかりだと言う……」 「そのような男、おらぬのでは?」 「だとしたら、何故儂と寝所を交換したのだ?」  二人は(しとね)の上に胡坐をかいて腕組みをする。淡雪は今まで会うたび神経を逆なでするようなことばかり言ってきたが、今回のようなパターンは初めてだった。  不意に昼間手合わせした後の、淡雪の満足そうな笑顔を思い出す。いくら何を考えているのかわからない女子でも、あの笑顔を見た後では、害を及ぼそうとしてついた嘘とは思えない。 「今宵この部屋に居たくなかった……というのが嘘であるならあとは何だ?」 「今宵尚親様の部屋に居たかった、或いは、今宵尚親様にあの部屋に居て欲しくなかった……」  そこまで通孝が言った時、二人の視線が合った。それだ!! と。 *  尚親と通孝の居室は暗く、寝静まっていた。それは一見、ちゃんと人が寝ているように見えるだけで、褥には部屋にあった着物を丸めたものが横たわっている。 (よし、いつでも来い!)  (とこ)()に身を潜めながら、淡雪は賊がこの部屋に侵入するのを今か今かと待ち構えていた。手には昼間尚親を襲った木刀を握りしめている。  剣の腕には自信があった。幼き頃から剣術には興味が有り、父の近朝には「姫には必要の無きこと」とよく叱られていたが、隠れて稽古をする程であった。  しかし、相手が真剣となれば話は別だ。父に内緒で剣術指南をしてくれた指南役の家臣は、さすがに真剣を持つ事までは許さなかった。だからいくら剣術の自信があると言っても、相手が木刀の場合にのみ限定される。 (失敗すれば、死ぬかもしれない)  相手は尚親を殺すつもりなのだから、真剣でやってくるに違いない。相手も必死だ。尚親や通孝に抵抗される可能性も無いわけではないから、それなりに手練れを用意するだろう。もし二人を討ち損じて事が露見すれば、父に処断されるのは目に見えている。それ故に、暗殺を邪魔しようとする者がいれば、必死に抵抗してくるだろう。  木刀を握る手が僅かに震える。正直、凶手に一人で立ち向かおうなどさすがの自分とて怖い。しかし、それ以上の恐怖が今の自分を突き動かしていた。 (尚親がこの世からいなくなってしまう事の方が、恐ろしい…)
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