3.尚親と淡雪

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 襖越しに尚親を殺す計画を聞いてしまった瞬間、その恐怖が全身を襲った。初めて見た時から、尚親に対する拘りが出来たのは一体何故なのだろうとわからないでいたが、今ではその答えがはっきりとしている。 (わらわは、尚親に惚れておる)  ミシリ、ミシリ。廊下を大人が体重移動する音がした。来たか、と覚悟し固唾を飲んで状況を見守る。  スーッと静かに襖を開ける音がし、男の影が一人、そろりと部屋へ侵入してきた。その影は、注意を払いながら畳の上を移動している。影は起伏の大きい褥の方へと静かに移動した。尚親を殺す前にまず、通孝を殺すつもりなのだろう。それは自分の読みとも一致してした。自分潜む床の間の近い方に、通孝の褥を用意していたのだ。  通孝の褥に近づき、腹部の辺りまでやってくると、影はおもむろに腰の刀を抜き、胸があるだろう場所をひと突きにした。  ゴスッ!!! 「何じゃ!? この妙な手応えは!?」  男の持つ刀は布の塊を貫いて、畳の奥深くへ突き刺さった。予想外の事態に慌てたところを、背後の床の間から飛び出し、男の頭部目掛けて力いっぱい木刀を打ち込む。  「ぐはっ!!」と呻いた男は、頭部を抑え片膝を付いた。間髪入れずに大声で叫ぶ。 「皆の者!! 曲者じゃーーー!!!!!」  その瞬間、一番最初にこの部屋へ乗り込んで来たのは、明かりを携えた尚親と通孝だった。 「尚親!? なぜそなたがここに!? 来てはならぬ!!!」  居るはずのない尚親の姿を見て気が動転した。この部屋から一番離れている自分の居室で寝ていた筈の彼が、例え大声に気付いてこちらに向かったとしても、こんなに早く来れる訳が無い。 「くそぅ! 謀ったな!? 上地の小僧、覚悟せいっ!!!」  木刀を打ちこまれた男は、尚親の存在に気付くと腰に差していた脇差を抜き、よろよろとしながらも尚親目掛けて突きを放った。が、しかしそれは届かない。いち早く気付いた自分が、脇差を持つ腕に木刀を打ち込み、握っていた刀を落としたからだ。  利き腕を打ち込まれた男は一瞬悶絶したが、その後すぐに目標を確認し直すと、今度は丸腰で飛びかかろうとした。だがそれは尚親の手前で刀を抜いた通孝によって阻まれる。通孝の刀にたじろいだ男は、次々に集まる奥寺の家臣によってあっという間に捕縛された。  その一部始終を見守り、その場にへなへなと崩れるように座り込む。  「淡雪!! 大事無いか!?」  尚親が駆け寄り、両肩を掴んで揺らした。「大事ない」とだけ口にしたつもりだが、体が僅かに震えているので説得力は無い。 「賊が入ると知っておったのか?」 「うむ……」 「何故そんな無茶をする!? そなたには関係無かろう!?」 「関係は……ある」  体を震わせながら、ただただ尚親の瞳を見つめた。安堵からか、次から次へと無数の涙が瞳から零れ落ちる。 「あるのだ……尚親ぁ……」  負けん気でじゃじゃ馬で、憎たらしいことしか言わないと思われていると知ってはいたが、気が付けばこの震えと涙が収まるまで、尚親に強く抱きしめられていた――
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