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いずれにしろ、ショウの正体を知るのは響介にとって重要になってくる。一方的な条件なんか突っぱねようと思っていたが、不本意にも従わざるを得なかった。
「わかった。その条件、飲んでもいいぜ」
但しお前の正体次第だけどな。と、響介は心の中で付け加えた。そもそもショウの言いなりになる気などさらさら無い。
「君の言葉が本当なら嬉しいが、仮にも条件を飲んでくれると言うなら話そうか」
ショウはコーヒーを一口すすり、続ける。
「俺は前世で『雲珠姫』という女性だった。尚親が元服後に夫婦となるはずの、尚親の許嫁だった上地の姫だ」
「雲珠……姫?」
名前を反復すると、「そうだ」とショウが肯定する。響介には、前世の夢を結構な数見てきているという自負があったが、『雲珠姫』という名前には聞き覚えが無かった。
「直緒さんから聞いたが、君の前世は尚親の正室の淡雪だって?」
そんなことまで話してるのか……と思いながらも響介は頷く。
「淡雪がどこまで聞かされていたかは知らないが……尚親と雲珠姫は、父親同士が兄弟の従兄妹同士だ。上地家を守る為に、二人は幼い頃から許嫁関係だった」
「ふ~ん」
(じゃあ別に互いが想い合ってたってわけでもないよな……)
尚親が奥寺にやってきた歳を思い出しながら、響介は勝手に結論付けた。奥寺にやってきた尚親はわずか10歳だ。物心付いていたかどうかも怪しいと、自分の10歳時と照らし合わせて考える。
「しかし、君も知ってると思うが、尚親は謀反に遭って上地谷を追われてしまう。彼が上地の当主として上地谷に戻って来た頃には、既に淡雪と婚姻していた」
「……」
(雲珠姫は、尚親が戻るのを待っていたんだろうか?)
そんな片鱗が少しでも窺えないかとショウの顔色を注意深く観察するが、あまりにも淡々と話すので、何の感情も読み取れなかった。
「もっとも、尚親が戻って来た時に雲珠姫は、仏門に帰依していたんだが」
「仏門!? てことは……」
「尼になってた」
(尼!?)
「雲珠姫は父親に『尚親は死んだ』と聞かされていた。その後、家臣や今川家から縁談の話がいくつも持ち上がったが、雲珠姫はそれを全て断る為、仏門に帰依したんだ」
響介は戦慄した。それはひとえに『夫は尚親以外あり得ない』という意思表示ではなかろうか。
(尚親がどう思ったかはわからないが、雲珠姫は尚親が死んだと聞かされても尚、操を立ててたのか)
これで雲珠姫が尚親を待っていなかったなんて事は説明がつかない。
響介はショウの顔を恐る恐る覗き見た。彼はじっと響介を見据えている。その瞳の奥には、何ものにも揺らがない信念のようなものを感じる。響介の背筋を、冷たい汗がじっとりと滴った。
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