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「君は『淡雪が小虎丸を奪われた』と言っているそうだが、そういう意味で言えば雲珠姫の方が先に、尚親を奪われてる」
「それは……!!」
「気持ちの問題か? じゃあ君のフィールドで話すが……君は淡雪の恨みや嫉妬の情念に苦しんでる、それを憐れんで直緒さんは君に協力しているかもしれないが、何も前世の記憶に苦しんでるのは君だけじゃない」
「くっ……!」
「君は、直緒さんが尚親の自刃する夢を見たのを知っているのか?」
「自……刃?」
「そうだ。尚親は今川家の要求で切腹している。その瞬間の夢を、直緒さんは見たそうだ」
(嘘だろ……)
「それでも君は、前世の記憶に苦しんでいるのが自分だけだと?」
「……」
「それに、尚親は尚親で直緒さんは直緒さんだ。直緒さんが尚親の責任をとる必要は無いし、君の前世が淡雪だったというだけで、君が彼女に責任を負わす資格でもあるのか?」
* * * * *
雨の降り続く庭を、ただぼうっと見つめていた。上地谷から奥寺の実家へ戻されてからというもの、日がな一日庭を眺めているのが淡雪の日課となっていた。
「淡雪様、少しは食べませんとお体に障ります」
「……」
侍女の言葉も届いているのかいないのか、はっきりしない。そんな様子に、奥寺家中の者は皆心配をしたが、誰もがどう扱ったものか判断しかねていた。上地谷へ行く前からずっと淡雪に仕えていたこの侍女もまた、その中の一人だ。胸元にしまった書状を、見せるべきかどうか迷っている。
「淡雪様。実は……」
「……」
「淡雪様に、上地から書状が」
「何…じゃと!?」
今まで人形のように何事にも興味を示さなかったので、『上地』という言葉を耳にしただけで急に魂が戻ったかのような反応に驚きつつも、侍女は恐る恐る書状を見せる。
そこには息子の小虎丸が上地谷ですくすくと育っている様子と、「心配するな」という内容が書かれていた。書状の最後には、『上地尚龍』という署名がある。
「尚龍……とは誰じゃ?」
「はぁ、何でも尚親様の従兄弟にあたる方だそうで、今までご出家されていたとか。尚親様が亡くなられたのをきっかけに、還俗して上地家を継がれたようでございます」
(従兄弟、じゃと?)
その従兄弟の存在について、尚親からは一切聞き及んでいなかった。出家していたのでは無理もないが、その急に降って湧いて出て来たわけのわからない尚龍という上地の新当主が、我が子小虎丸について「心配ない」と言う。
(心配するな、じゃと!? 我が子を奪っておいて「心配するな」とはどういう了見じゃ!! 小虎丸を返せ!! 私の小虎丸を今すぐ返せ!!!)
「うわぁぁぁああああああ!!!!!」
やり場の無い怒りの込もった慟哭が、止まない雨音の隙間から奥寺の山々に響いた。握りしめた書状の字は、大粒の涙で滲み消えようとしていた――
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