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勢いよくカッと瞼が開いた。上体を起こすと周りの空気が冷たく感じ、また体中から寝汗をかいているのに気付く。ベッド脇に足を下すと、響介は上半身のスウェットを脱いだ。
(あの『尚龍』っていうのが、雲珠姫か)
雲珠姫の存在を知らなかったわけだ……と、響介は納得する。夢の中の淡雪は、雲珠姫の存在を全く知らないらしい。それどころか、雲珠姫が名乗った猛々しい名前のせいで、書状の主が女だとも気づかない。
それはきっと、雲珠姫の思惑でもあるのだろう。近隣諸国に女領主だと舐められぬよう、敢えて猛々しい領主名を使ったに違いない。しかしまさか、雲珠姫が尚親の後の上地家当主になっていたとは……。
「淡雪は……雲珠姫に子供を奪われた事になるのか?」
淡雪が雲珠姫を見た記憶の夢を見た覚えが無いので、自然と昨日会った顔のいい占い師を思い出す。
「くそっ!!」
ショウに「彼女に責任を負わす資格でもあるのか?」と言われて、何も言い返せなかった。言葉を失った響介を尻目に、ショウは三人分の会計を済ますと、「約束は守ってくれよ?」と念を押して店を後にした。残された響介は、暫くそのままそこから暫く動けなかった。
(約束を守れ、だと?)
ショウの言う約束は二つだ。ショウの前世を直緒に言わない事。今後、響介の要求に直緒を付き合わせない事。
ショウの正体を聞くまでは、約束なんか知ったこっちゃないと思っていたが……
(言えるわけねぇだろ!)
ショウの正体については絶対に言いたくなかった。それが何故なのかは、深く考えたくない。
もう一つの約束については、もはやどうでもいいとさえ思っている。尚親を陥れた犯人がわかれば、淡雪の情念に苛まれる事も少しは和らぐのかと思っていたが、雲珠姫とその前世の記憶を持つショウという占い師の登場で、その辺の些末な問題は吹き飛んでしまった。
(それにしても……直緒は雲珠姫を夢に見てるんだろうか?)
まだ数回しか前世の夢を見ていないと彼女は言っていた。直緒が雲珠姫の存在を知っていたのかどうか気になる。知っていたのなら話に出てきてもおかしくないのだが。
シャツに着替えながら響介はベッド棚を見た。
「あれ? スマホが無ぇ」
そう言えば、と思い出して昨日使ったボディバッグの中を探ると、電源の切れたスマホを発見した。
「おいおい……寝坊すんじゃねーか。いや待て、今日は日曜か」
休日だったのを思い出してホッと胸を撫で下ろす。アルカナに居た時一度、メール着信があった気がするが、その時は確認せずに電源を切ってからそのままだった。
電源を入れると、時刻は9時27分。平日ならとっくに遅刻している時間だ。着信メールの表示を見つけ、メールボックスを開く。
『占い終わりましたか? 駅の改札で待ってます。』
直緒からのメッセージが届いていた。
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