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先輩に「もういい」と言われてから二日が経っていた。傍目から見れば、先輩と出会う前の生活に戻ったかのようだが、内心はまだわだかまっている。何故先輩が「もういい」という結論に至ったのか、何もわからないからだ。
『何でもういいんですか?』
一方的に告げられたその日の夜、そうメールを打った。しかし先輩からの返信は未だ来ず、二日が過ぎている。無視、されたのだろうか。
(何て勝手な人なんだろう)
先輩に出会ったばかりの頃、「尚親の死の理由を突き止めてそれを教える義務がある」と言われた時、真っ先にそう思った。
前世で夫婦だと知ってからの先輩は、私に対して遠慮が無い。何の躊躇もせず、他の生徒の居る前で肩に腕を回してくるし、後輩の三沢君の前では特に馴れ馴れしい。部活動の時間まで返上させて尚親の死の真相を探させていた癖に、今度は何の断りも無く突然それを打ち切りにした。理由を尋ねても教えてくれず……
いつからだろう? 最初はあんなに私のことを憎しみを込めた目で見ていたのに、最近はそうでも無かった。寧ろ優しさを感じた時もある。
『可愛いな』
思わずそう漏らした時の先輩は、慈しむような瞳で見てくれた気さえする。無造作に頭を撫でた手も、心なしか温かかった。
(勝手だな……)
いろんな面を見せるだけ見せつけておいて、理由も教えず拒絶するなんて。心に土足で上がり込んで居座った挙句、勝手に去ってしまったように、今はその場所にポッカリと穴が空いている。
尚親に対しての淡雪も似たようなものだ。奥寺での尚親は、上地谷で命を狙われた事や敵の領地に逃げ込んだ事から、人間不信に陥っていた。側近の通孝以外、心を許す気は無かったのに、いつの間にか淡雪は強引な手で尚親の心に踏み込んで来た。尚親には許嫁の雲珠姫がいて、淡雪には一線を引いていたのに……
そしてあの暗殺未遂事件だ。淡雪は自分の身を挺して、暗殺者から尚親を守ってしまった。常に勝気だった淡雪が暗殺者から無事尚親を守りきり、安堵して泣いてる姿を見て、尚親の心が揺れなかったわけがない。
あの瞬間から、尚親の心に漫然と淡雪が居座ったのだ。
(やっぱり勝手だよ)
未だ届かない響介先輩からのメールを探しながら、私はベッドの上でいつまでも燻っていた。
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