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響介が直緒に「もういい」と告げてから四日が経とうとしていた。傍目から見れば響介も、直緒に出会う前の日常を取り戻したかのように見える。…が、以前と違う点があるとすれば、下校時にテニスコートを一瞥してから帰るようになった。
どうしても彼女の姿を探してしまう。決して、女子部員のスコートが捲れるチャンスを窺っているわけではない。
(それも否定はしないけど)
あれから校内で直緒を見かけても話しかけないし、話しかけられそうになっても目線を逸らせて話しかけさせなかった。
当然、送られたてきた『何でもういいんですか?』というメールの返事も返していない。
淡雪の夢を見なくなったわけではない。前世の夢は依然コンスタントに見ているが、それよりも近頃は、妙な魔法使いが夢に出てくるようになった。そいつは全身を黒いローブで覆っていて、決まって響介に言うのだ。
『お前に資格はあるのか?』
と。
何の資格か問いかけると、その魔法使いはローブの中から女を出す。その女はみるみるうちに見知った顔へと変化して、魔法使いは女の頬を撫でつつフードをずるりと外す。中から見た覚えのある茶髪眼鏡のイケメン顔が現れるのだ。
その男は響介を一瞥してから、彼女に口づけようとするところでいつも目が覚める。淡雪の夢で無くても、この男が出てくる夢の後は同じように寝汗が凄い。
直緒の『何でもういいのか?』という問いの答えはもうとっくに出ている。今は淡雪の情念よりも、この男の存在に苛まれている方が大きい。
(あのショウとかいう占い師、直緒とはどこまでの仲なんだ?)
ショウは直緒が尚親の切腹する夢を見ていたのを知っていた。何故そんな事まで知っていたのだろうか。
(直緒はショウを頼っていた? 直緒はやはりショウを……)
そこまで考えて頭を思い切り左右に振る。そんなことを考えたところで意味は無い。直緒にはもう、前世を思い出させるような事には手伝わせないと決めたのだ。そうなれば彼女との接点は無くなる。
下校途中、ふとテニスコートに目をやった。女子部員の多い方のコートには何故か、直緒の姿が見当たらない。その代わり男子部員の多いコートには……
「またあんたですか」
フェンス越しに聞き覚えのある声がした。男子テニス部員の三沢が、フェンス際までボールを拾いに来ていた。
「よう」
「井上先輩ならいませんよ」
「いや、別にいい」
「?」
ちょっと前までは存在を見つけるだけでイラついていたのに。三沢に対して何の感慨も起こらない自分に対して、響介は驚きを通り越して呆れていた。これもきっと、ショウのせいだからだ。
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