5.打ち切られた捜査

6/6
前へ
/31ページ
次へ
「井上、まだ調子悪いのか?」  部活動中、私の様子を見かねたテニス部顧問の中山先生が声をかけてきた。中山先生は特に熱心な顧問というわけでは無かったが、学生時代テニス部だったのもあり、個人個人のレベルに合わせて指導してくれる、部活内では結構人望のある先生だった。普段は最初に練習の指示をするだけで後は見守るだけの先生が、珍しく私に声をかけてきたので、きっとその時の私の顔はキョトンとしていたと思う。 「いえ、全快してます」 「そんなこと言ったってお前、さっきから一年のサーブもリターンも半分以上返せて無いじゃないか」  そう言えば。先生に言われてやっとその由々しき事態に気づいた。つまりずっと上の空だった。部活に身が入っていない……という自分の状況さえ、気づいていなかった。 「今日だけじゃないぞ? 今週入ってからずっとだ。でもまぁ、先週一週間胃潰瘍で静養してたんだから、まだ体が鈍ってるんだろうと大目に見てはいたがな……さすがにどうかと思うぞ?」 「す、すみません……」  素直に謝ると先生は溜息をついて、同情するような瞳を向けた。 「大会が近いのにそんな状態で練習しても無駄だろう。相手の練習も妨げるだけだ」 「はぁ……」 「何が原因かわからんが、何とかしてこい。時間が解決する問題なら、解決するまで部活に出るな」  私の心は全部プレイに出てしまっていたようだ。先生には全てお見通しのようだった。私の相手をしていた下級生や、コート脇で事態を見守っていた同級生達も、皆私を同情するような眼で見ていたが、何も言葉は発さなかった。テニスは個人競技だが、私のような態度の者がいるとテニス部全体の士気を下げる。私は大人しくコートを出て行った。  コートの出入り口で数人の男子部員とすれ違い、その中には三沢君も居たようだったけれど、私の様子に彼も言葉をかけなかった。  情けなくて惨めで、申し訳無くて腹立たしい。いろんな感情が渦巻きながらも、その中のどの感情も、私の心の空虚な部分を埋める事は出来なかった。顔はタオルで隠したけれど、喉元は悔しさで熱い。  問題はわかっている。でもどうすればいいのか、手の打ちようがなかった。響介先輩はもう、私と会話さえしてくれないのだから……。  そんな先輩が、私が去った後のこのコートへ立ち寄り、フェンス越しに三沢君と会話を交わしていたなど、知る由も無かった――
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加