2.捜査開始

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 その日から連日、放課後は浅井先輩と県立図書館へ足を運んだ。テニス部には『胃潰瘍のため暫く休部』という事にしてあるので、先輩とは初日以外現地集合だ。 「胃潰瘍ねぇ……」 「仮病ですけど、胃に穴が空きそうなのは本当です」 「三沢のせいか」 「先輩のせいです!!」  全く悪びれていない顔で彼はペロッと舌を出す。大会が近くなり、貴重な練習時間を割いて協力をしているというのに、先輩にはその自覚が全く無かった。本当に勝手な人だ。勝手な人だが……どこか憎みきれない。 「三沢と言えば……あいつ直緒のこと好きなんだろうな」 「えっ!?」  慣れた手つきで郷土資料を捲りながら、突然ポツリと呟いた。これだから胃に穴が空きそうになるのだ。 「誰が見たってわかるだろ? あの態度。気づいて無いわけじゃないだろ?」「……」  三沢君は前世である桔梗の方の影響を強く受けていて、私に尚親の面影を見ているだけなのかもしれない。それが今のところの私の見解だった。しかしなぜ急に三沢君の話になったのだろうか。 (そうか……前世のことを考えてるからか)  先輩にとっては、前世に繋がりのある記憶を持つのが私と三沢君だけだからだ。私としてはそこへ更に倉下さんが加わるけれど。前世について探す上で、先輩にはやはり三沢君も頭によぎるのだろう。  そう言えば、最近見た夢に幼少の尚親が婚約していた『雲珠姫(うずひめ)』という人物が出て来たのを思い出した。どうやら尚親とは父親同士が兄弟で、従姉弟(いとこ)同士の間柄だったようだが。  許嫁(いいなずけ)がいたのに、何故尚親は淡雪と結婚したのだろうか。淡雪は、雲珠姫の存在を知っていたのだろうか? そして先輩は…… 「おい。手が止まってるぞ? どうした。……あ。もしかして三沢(あいつ)のこと考えてたのか?」 「ち、違います。違うけど……」 (先輩は……夢で雲珠姫を見てる?) 「違うけど?」  その問いに答えられないでいると、先輩は「あのなぁ……」と言って本を閉じた。 「もっと真剣に探してくれよ。俺は三沢と出会ったせいで、更に淡雪の嫉妬心剥き出しの夢に苦しんでんだよ!」  さっきまでの調子とは打って変わり、初めて先輩は怒りを露わにした。今まで憎しみのこもった眼差しで皮肉を言われたことはあったけれど、直接怒りをぶつけてきたのはこれが初めてだ。 「ご、ごめんなさい……」  一緒に居る時間が長くなってきて、忘れかけていたのかもしれない。先輩がまだ前世の夢に苛まれているのを…。私は中途半端だった検索作業に改めて身を入れ直したが…… 「今日はもうやめよう。明日また仕切り直そうぜ」  そう言って先輩は借りていた本を片づけ始めた。席を立つ彼の背中を見つめながら、私は自分の浅はかさを悔いる。  尚親が切腹する夢。あれを初めて見た時は非常に恐ろしく、気分も最悪だった。尚親の最期の恐怖と後悔の念が、自分の思考に直接雪崩れ込んでくるようで、自分が自分ではなくなるような感覚だ。  他人の思考に支配されてしまうようなその嫌な感覚を、先輩は自分より遥か前から頻繁に味わっているのだとしたら……今まで先輩に翻弄されるだけで、そこまでに思考が至らなかった。  尚親の死の真相を突き止めたとして、先輩が淡雪の情念から解放されるかどうかはわからない。でも少なくとも、先輩の『淡雪の思考に乗っ取られるかもしれないという不安』は、真相を突き止める事によって解消できるのではないだろうか。先輩はそう考えているようだし、何故だか私もそんな気がしていた。  真相を突き止めるのはこの先、自分にとっても重要だと思えた。自分だってこのまま尚親の夢を頻繁に見るようになれば、先輩のように前世に苛まれる可能性は十分にあるのだ。  いずれにしても。前世で起こった出来事を明らかにするのは、前世の記憶持つ私達にとって、重要だと改めて思った。その時にはこの先輩に対する胸のモヤモヤも、解消しているのではないか、と――
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