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1.響介と三沢
本日最後の英語の授業を受けながら、浅井響介はスマホの画面を睨んでいた。休み時間中に送った『今日は図書館行けるよな?』のメール返信が、一向に返って来ないからだ。
「あいつ……無視するつもりか?」
数年前から響介は、自分の前世であるらしき淡雪という女性の記憶の夢に、ずっと苦しめられてきた。彼女は、最愛の子どもと離れ離れに暮らさなければならなった事をずっと悔やんでおり、そう仕向けた夫の『上地尚親』という武将をずっと恨んでいる。その執念が、睡眠中の彼の精神と体力を削り続けてきた。
いい加減どうにかしなければと、前世を調べ始めた矢先、そのキーパーソンである上地尚親……の記憶を持つ井上直緒が、やっと目の前に現れた。
(部活だって? ふざけるな)
こっちは何年も苦しんでいるのだ。昨日はとんだ邪魔が入って部活動へ行くのを許してしまったが、今日こそはこっちに付き合って貰う。メールを無視してテニス部に居るようだったら腕ずくでも……
「居ないな」
放課後のテニスコートへ直行し、部員の顔をくまなくチェックしながら、響介は呟く。誰かに直緒のことを訊けないかと部員を品定めしていると、昨日邪魔をしてきた張本人を見つけてしまった。
「確かあいつ、『三沢君』とか呼ばれてたな……」
響介より一年下の直緒を「先輩」と呼んでいたので、一年生のようだ。しかし部員の中では一番背が高く、高一らしい可愛げがない。しかもなかなかに鋭いサーブを打つので、一向に打ち返せない相手に対して「下手くそ」と独り言ちた。
三沢を見ていると、何故かイライラする。彼とは直緒を通して昨日初めて出会ったばかりなのだが。
『……それなら俺だって前世は先輩と夫婦ですよ』
昨日三沢が言った言葉だ。あの時は売り言葉に買い言葉で、悔し紛れに出た言葉かと思えたが……。
練習がひと段落し、汗を拭っていた三沢は、コート外から向けられる不穏な熱視線に気づいてそっちを見た。どうやら彼も昨日のことは覚えているらしく、響介の様子を窺っているようだ。響介は人差し指でクイクイッとジェスチャーをし、三沢を傍へ呼んだ。
「俺に何か用ッスか?」
「いや、お前には無いけど直緒にはある」
「そうですか。それじゃ」
「待て待てーい!!」
ニ三歩戻ろうとした三沢が、足を止めて顔だけ振り向く。
「俺に用は無いんスよね?」
「無いけど! 直緒にはあるんだよ!! 直緒はどこ行った?」
「え!? 知らないんスか?」
わざとらしく口に手を当てて、三沢は大げさに驚いて見せる。
(何こいつムカつくんですけど!)
暫く睨み合っていると、彼らのやりとりを聞いていたであろう女子部員が横から口を挟んだ。
「井上直緒は、本日病欠」
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