3-4 独演

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3-4 独演

 翌日。木野友則は大学の図書室にいた。一心不乱に、何かの書類のようなものを読んでいる。 「ここにいたか」  机の向かいに基樹が座った。 「何読んでんだ?」 「ゆかりんにコピーしてもらった、過去の七夜籠の記録」  枚数は決して多くない。無味乾燥なただの記録文が並んでいるだけだ。だが、この中には“秋月の女”達を襲った凄絶な運命がある。 「見ていいか?」 「いいけど、胸糞悪いぞ」  友則は記録から目を離さずに答えた。 「そんなにか」 「一人の女を何人もの男が寄ってたかってどうこうする記録だ、胸糞悪くないわけがねえだろ」  と、友則は独り言のように言った。 「……そうだ……普通なら寄ってたかる」 「あん?」 「何でもない。──江戸時代中期くらいか、秋月庄近郊の里見村名主佐吉の妻たか、如月某日神隠しに合う。発見されたのは七日七夜の後、眼は片方潰され歯は折られ、性器も肛門も破壊され、廃人状態になっていた。その夜のうちにたかは姿を消し、手を下したと思われる村の男達の七人が一夜のうちに無残な死体になっていた」  記録の一枚をざっと読み上げる。 「確かに胸糞悪いな」 「こっちは明治だな。内容は似たようなもんだが、婚礼の日に花嫁衣裳のままさらわれ、気が触れて戻って来てる。こっちも実行犯らしき男達が総勢五人死んでる」 「実行犯が死んだ……口封じか何かか?」 「……でもないかもな」  それっきり、友則は黙り込んだ。目は記録を繰り返し追っている。時々、書庫から持って来た民俗学や歴史学、文化人類学の本もめくる。  基樹は今友則が見ていた記録の一枚を手に取った。婚礼の日に消えた花嫁。気が触れて戻って来て、その日のうちに何処かへ消えた“秋月の女”。 (……ん?)  記録の最後の方に花嫁を陵辱した男達が次々と死体で見つかっている記載があるが、目撃者の談によると──彼らを殺したのは、花嫁衣裳を着た狂女であったという。 「………」  ふと気付くと、友則は口の中で何やらブツブツとつぶやいていた。本は開いているが、目はとうに文字を追っていない。体をここに置いて、魂が奥に引っ込んでいる。時々無意識に手が動く。  ──演じている?  この表情は、演技を組み立てている時のそれだ。基樹には良く判る。友則の頭の中にある劇場で、自在に何かを演じている。  しばらくそれが続いた後。 「──よし」  友則が本を閉じた。戻って来たのだ。 「本質さえ間違えなければ何とかなる筈だが……さて、まず何をするか」  木野友則の口元に、油断のならない笑みが浮かんだ。いよいよこいつが動く時が来たか、と基樹は思った。恐らくは“芦田”も“天地”も“秋月”も向こうに回して、──今回は、一体何をしでかす気だ、木野。      ☆  すっかり行きつけとなったカフェで春樹を待っていたのは、友則だった。にっこり笑いながら手を振る彼の向かいに腰を下ろす。 「忙しいとこ悪いね、武田さん」 「いいさ。おまえが俺を呼び出したってことは、大江君の件だな?」 「もちろん」  アイスコーヒーを飲みながら、友則は挑戦的な眼で言った。 「今回の件、ちょっとあちこち引っかかるとこがあってさ。賢やあっしー、ゆかりん達の話を聞いて、色々記録とか何とか漁って、俺なりに一つの仮説を立てて見た。聞いてくれねーか」 「俺でいいのか? センセイや縁さんには?」 「あの二人は芦田焔って奴を知ってる。奴に対して先入観がある。あんたは一番焔に馴染みがないから、客観的な立場で判断出来ると思う。……それに」  からん、と氷が音を立てた。 「あんたは刑事だ。いろんな犯罪者を生で見て来ている。──俺は、プロの意見を聞きたい。俺の仮説が、有りか無しかを」  この男と話していると、十歳近く歳下である筈なのに、時々同年代か歳上の人間と話しているような錯覚を覚えることがある、と春樹は思う。仲間内で話している時は、むしろ子供っぽい顔を見せるのだが。 「実を言うと、俺もこの件、少しばかり違和感を覚えていたんだ」 「へえ、そーなんだ? さすが現役刑事」  思わぬ賛同意見に、友則は面白そうに目を輝かせた。 「──おまえの仮説、聞いてやる。話してみろ」  煙草に火をつけ、春樹は言った。友則は語り始めた。  友則の語りは、まるで春樹一人に向けられた朗読劇のようにも思えた。時にカバンから資料を出して見せ、時に春樹からの質問に答える。引き込まれる語り口は、まさしく俳優だ。 「──どうだ? 俺の仮説、有りか無しか」  全て語り終えて、友則は勝負を挑むように訊いた。春樹は少しばかり考え込み、 「……有りだ」  と答えた。 「俺は大江君が救出された後、彼が監禁されていた部屋を“視せて”もらった。あの部屋で何が起こったか、被害者と加害者が何を考えていたか、残った“想い”を読み取る。それが俺の捜査方法だからな。──その上での感触では、おまえの仮説は正しい」  友則は会心の笑みを浮かべた。 「さんきゅ」 「それで、この仮説が正しいとして、おまえはこれをどう使うつもりだ」  真実という名の最強のカードを。 「そーだな。焔の奴が賢を好き放題してくれたのは事実だし、そのせいで賢本人はもちろん、賢の家族や次美まで傷を負っちまった。……どんな形であれ、一発ぶん殴ってやらねえと気が済まない」 「センセイといい、おまえら無茶ばっかりしようとするな。縁さんをあんまり困らせるなよ」 「物理的に殴るとは一言も言ってないよ、俺は。それに、ゆかりんには悪いけど、俺もあっしーも無茶は基本スキルなんだよね」  にひひ、と笑ってから、友則は瞬時に表情を引き締める。 「今頃あいつ、こちらの様子をうかがってるに違いない。……賢を狙って」 「だろうな。だが、すぐには仕掛けては来ないだろう。今はまだ警戒されているからな」 「その前に手を打たねーとな」  そう言う彼の言葉と表情に、ピンと来るものがあった。刑事の勘というものかも知れない。 「……何か企んでるな、おまえ」 「さてね」  刑事の追求は、不穏な微笑みにはぐらかされた。
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