5-2 反撃

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5-2 反撃

「貴様……死にたいのか?」  焔の周囲から殺気が立ち昇った。友則は動じない。普通の人間であっても充分感じるであろう毒々しい殺気を受けて、友則はなお平然とした顔でそこにいた。 「死にたかないねえ。……てか、せっかく顔合わせ出来たんだからさ、少し話でもしねえ?」 「話……だと?」 「そ。何で俺があんたをヘタレと呼ぶか、その理由とかさ。話してたら、ひょこっと賢のこと話すかも知んねーよ、どうする?」  殺気を受けてもへらへら笑っているこの男に、何処か得体の知れないものを感じる。何だこいつは。何の霊力も持たない、普通の人間の癖に。 「実を言うとさぁ、俺、あんたが賢を鬼にしようとしてるようには見えないんだよね」  押し黙っているうちに、友則は勝手に話を始めた。 「“天地”のゆかりんに、昔の七夜籠の記録とか見せてもらったよ。いやあ、酷い記録だったねぇ。戦争中のあれこれから学校のいじめまで、人間ってのは『何してもいい』って思った相手にはホント残酷になれるもんだけど、これもまたその一つだな」  口元だけに笑みを残したまま、友則の眼が笑うのを止めた。 「七夜籠を仕掛けられた女達は、大勢の男達に寄ってたかって犯され、暴行され、蹂躙され、身も心も破壊し尽くされてた。壊された身体が男の精と欲望と苦痛で、心が絶望や怒りやあらゆる負の感情、即ち呪詛で一杯に満たされることで女は鬼になるんだ。……それを思うと、あんたのやったことは正直ぬるい」  笑顔を作りながら、友則の眼は厳しく焔を見つめている。 「形はまあ七夜籠をなぞってるけどな。まず、賢を犯したのはあんた一人だ、寄ってたかってない。賢治が男だから? だが、レイプの本質は性欲ではなく支配欲だ。賢みたいな上玉を押さえつけて組み敷いて、好きなだけ犯せるとしたら、例えノンケでも手を挙げる男は多いと思うぜ。あの綺麗な顔立ちを屈服させて懇願させて泣かせるのは、何よりの快感だ──それはあんたが一番良く判る筈だろ」  それをしなかったのは何故かな。 「それに、あんた結構賢を大事に扱ってるよな。丸六日間監禁されて犯されてるけど、あんまり身体にガタが来てない。あんたは賢治にあまり苦痛を与えず、むしろ快楽を感じさせるように抱いてるだろ? その手の薬とかも使ったのかも知れないがね」  少なくとも、肉体的には壊そうとはしていない。 「壊して欲しかったのか?」 「は? 莫迦なこと言ってんじゃねーよ」  皮肉な問いも、あっさりかわされる。 「何より、あんたはあっさり賢を逃がしてる。その為に、普通なら殺しても良さそうな人間を少なくとも二人、不自然な程に見逃してる」  指を二本、立てて見せる。 「一人は武田刑事だ。武田さんの能力は“視る”ことに一点特化してるタイプだ。うちの顧問にあれだけのダメージを与えたあんたが、武田さんには何もせずに見逃したのは、その“視る”力で賢治の居所を探させる為だ。そして賢治の居所をわざと明かす為に見逃したもう一人は──三枝次美だ」  立てた指を一本折り、残った指ですい、と焔を指差す。 「次美は夢であんたが賢治を犯してるとこを見た。夢とは言え、普通の女の子である次美がそんなに近くにいて、あんたが全く気づかないってのもおかしい。賢治は気づいてたわけだしな。──あんた、次美を呼んだろ? 夢を辿らせて、賢治のところへ導く為に。……女の子に、好きな男が犯されてるとこを見せつけるのもなかなか悪趣味だけどな」  全ては、あんたが仕組んだことだ。賢治を鬼に“しない”為に。 「あんたに、賢治を鬼にする気がないのなら、あんたのやってることはただ一つ──大江賢治を犯すこと、だ。あんたの目的は、まさにそれだよ」  友則はまっすぐに焔を見て言い切った。 「莫迦な……」  焔は冷たく笑った。 「どうして私が、一度手に入れたものをわざわざ手放さなければならない」 「そりゃ、確実に七夜籠を失敗させる為さ」 「だが、大江賢治を鬼にしようがすまいが、私にとってそう違いはあるまい」 「大違いだよ。あんたはその手で賢治を抱きたかった。だから、賢治に鬼になってもらっては困るのさ」  さらりと言ってのける。 「さっきも言ったが、俺は七夜籠の記録を見せてもらってる。それによると、過去の七夜籠で仕掛ける術者自身が女を犯すことはないんだな。実行犯はいつも雇われた他の男達だ。そして、七日七夜が過ぎて女が鬼になった後、実行犯の男達は全員惨殺されてる。しかもその犯人は、どうも鬼になった“秋月の女”本人だ。……恐らく“秋月の女”が七夜籠を仕掛けられて鬼となったら、最初にやることが『自分を犯した男達を皆殺しにすること』なんだろう。もしも賢治がこれで鬼になってしまったら、真っ先にあんたは殺される。それはまずいよなあ」  くつくつと、笑う。 「もちろん、あんたはこのままで済ます気はないだろう。ほとぼりが覚めた頃に、またあんたは賢治をかっさらうつもりだ。一度救出された後再び同じ相手に拉致られれば、あんたの手からは逃れられないのかと絶望感はより深くなる。でもって、あんたは一度目の拉致で賢治を抱きまくってあいつの身体を知り尽くしてる。何処をどうすれば良くなるのか、把握してる。アメとムチは揃ってる。二度目があれば、あんたは徹底的に賢治を洗脳するだろう。もしも俺らの救助の手が届いても、あいつの方からその手を振り払うように。自分に従順な愛人になるように。……俺ならそうする」  ──賢治自身も、そうなることを無意識のうちに察していた。だからこそ、もう一度こいつの手に落ちることを恐れていたんだ。 「おまえが言うことが正しいなら……私が七夜籠をする必要などないだろう」  苦虫を噛み潰したように、焔は言った。 「全くその通り。そこがあんたのヘタレなところだ」  友則は口元に皮肉な笑みを浮かべた。 「さっき俺はあんたに『お初にお目にかかる』って言ったけどさ、実は俺、賢治が拉致られる前からあんたの顔知ってたんだわ」 「なに?」 「四年前だ。俺と賢治が初めて会った、中学の文化祭。俺が舞台で一人芝居をしていた、その客席にあんたはいた」  友則は舞台の上から客席を見ている。そして、今まで舞台の上から見た客の顔を、ほとんど覚えている。 「あんたのことは特に印象に残ってんだよ。なんせ、あんたは俺を見ていなかったからな。一体何を見てるんだとあの時は思ってたが……思い返してみれば判る。あんたは、客席にいた賢治を見てた」  そうだ。あの時こいつの視線の先には、賢治と次美の二人がいた。 「あの時あんたが姿を隠してたかは判らない。あの時の客席には確か芦田風太郎って奴もいたから、もしかすると姿を隠してたのかも知れない。でも、周りの人間には注意を払ってても、舞台の上の俺までは注意してなかったんだな。こんな風に関わることになるとは思ってなかっただろうし」  あの日あの時のあの一か所には、風太郎や朝子を含む現在の星風演劇部の関係者が揃っていた。それにこいつまでいるとは、何処まで運命交錯しまくってたのかね。 「でさ、俺、どうしても気になってさ。後輩に頼んで、今までの俺らの公演で観客が写ってそうな写真を集めてもらったんだ。チェックするのは顔認識ソフトを使っても手間かかったし目も疲れたけど、案の定あちこちにあんたが写り込んでたよ。あんたの隠形は人の五感の隙間に隠れる術だ、撮ってる人間には認識されなくても、カメラには写る」  友則は何枚かプリントアウトした写真を取り出し、ぱらりと撒き散らした。小さく写り込んでいる場所には、ご丁寧に丸がついている。 「あんた、いつから賢治の追っかけやってたんだよ? 追っかけっつーか、ストーカー? 少なくとも、賢治が中学の時からこっそり付け回してるわけだ。それに気づいて、俺はおまえを『演じて』みた。そして、おまえの思考と感情の全てを、俺の中で再構築した」  友則は眼を細めた。 「……賢治が“秋月の女”であることをおまえが知ったのを、いつなのかは俺は知らない。恐らくはあいつが中学生の時だ。最初は、男なのに“秋月”の力を継いだ存在に興味を持ったってとこだろう。だが、実際に賢治を見て──おまえは賢治に惚れちまったんだ」  あくまでも冷ややかに。 「まあ気持ちは判らんでもない。あの頃のあいつは本当に女の子みたいで可愛かった──本人の前で言ったらぶっ飛ばされるけどな。しかしその頃でもおまえはアラサーのいい大人だ。それが中学生の男の子に恋い焦がれるなんて、おまえ自身意外だったろうな」  ゴミでも見るような眼で。 「見てれば誰でも判るが、賢治は根っからのノンケだし、次美にぞっこんだ。アラサーのおっさんが口説いたって落ちるわけがない。あいつあれで潔癖なとこあるから、下手すりゃ全身全霊で拒絶される。だからおまえはあいつをこっそり付け回すしか出来なかった。……早いうちに思い切って玉砕しとけば良かったんだよ。そうすりゃここまでこじらすこともなかったろうに」  ま、プライドの高そうなおまえはそう簡単には行かなかったんだろうがな。友則は肩をすくめた。 「少なくとも四年以上、おまえは誰にも知られずに賢治を追っかけ回してた。その間、賢治は“秋月の女”らしくあの通りの美人に育って行き、おまえは恋心をこじらせまくって行った。賢治をその腕に抱きたい、身体だけでも欲しい、そう思うようになって行った。これまで頭の中で何回もあいつを抱いたんだろう。七夜籠はその妄想を実行するきっかけであり口実だ。それを装わないと、おまえは賢治の前に立つことすら出来なかったんだ。……これをヘタレと言わずして何と言う」  嘲る笑みで吐き捨てる。 「そういう眼で見てみると、おまえのやってたことは違うように見えて来る──まるで、やっと手にした宝物を誰にも見せないようにしまい込んで、大事に大事に愛でてるようじゃないか。必要だったとは言え、一度手放す時はさぞかし名残惜しかったろうな。夢で呼んだのが次美だったのも、恋敵に対して『こいつは自分のものだ』って宣言したかったんだろ」  そのせいで次美も傷を負った。 「てことで、今回のことはおまえが賢治を欲したが故に起こしたことだ。俺がおまえをヘタレ呼ばわりする気持ちも判ろうってもんだ。……でもな」  友則は糾弾の手を緩めない。 「おまえのやってることは、結局は賢治を支配しようとしてるに過ぎない。おまえが賢治に対して抱いてる気持ちが例え愛情だとしても、歪みまくってどうしようもない。そんなもん一方的に押し付けられても、賢治だって迷惑だ。それでは誰も、何も、満たすことは出来ない」  それは本質じゃない、と友則は言った。  ──焔は。友則がしゃべっている間に、密かに自らの力を発現させていた。炎の矢の形に力を凝らす。人間一人を殺すには充分過ぎる、無数の矢を友則の周囲にぐるりと配置する。友則の言葉が途切れたのと同時に、矢は一斉に放たれた。 「しゃべり過ぎたな、おまえは」
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