2-4 病院

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2-4 病院

「葛城総合病院……ここか」  メールで教えられた病院の建物を、友則は見上げた。結構な規模の病院だ。  指定された階にエレベーターで降りる。廊下を歩いていると、目の前に黒いスーツに身を包んだいかつい男が立ちふさがった。 「こちらは特別病棟です」 「知ってる」  口元にわずかな笑みを浮かべ、友則は答えた。 「見たところ、一般の方のようですが」 「ああ、思いっきり一般人だよ。ここに恩師が担ぎ込まれたって聞いたけど──面会謝絶だとは思わなかった」  友則はくるりと踵を返し、立ち去ろうとして──男の隙をついて脇をすり抜けてダッシュした。 「あっ、おい!」  走りながら病室の番号を確認する。他にこの階の病室に入っている患者はいないようだ。唯一名前が表示されている病室に滑り込む。ベッドの上で上体を起こしていた患者が、たしなめるように言った。 「病院で騒いではいけませんよ、木野君」 「邪魔されると突破したくなる性分でね。結構元気そうじゃん、あっしー」 「わたしの名前を出したら、すぐに通してもらえたのに。……彼はいいわ。不審だけど、害意のある者ではない」  病室には、芦田風太郎の他に天地縁と武田春樹がいた。友則に続いて入って来た黒服が、縁の言葉に頭を下げて退出して行った。 「たまには追っかけっこもしてみたくてさ」 「他所でやってちょうだい。ここは病院よ。……あなたに突破されるようでは、もっとセキュリティを強化しないとね」 「“天地”の顔が利く病院? ゆかりんとこも手広くやってんだな」 「色々と都合がいいのよ。例えば、何かに憑かれて祓いをすると言うより、精神科病棟に入院すると言う方が通りがいい、とかね。この一角は悪いモノが入らないような結界も張ってあるし」 「ああ、それは有りだな。結界とかは俺にはぜーんぜん判んないけど」  友則は病室の中を見回した。普通の病院の病室と全く変わらない。 「ところで、こんなとこにいるってことは……まさか、芦田焔って名前のダンプカーにでも轢かれたんじゃねーよな?」  ちらり、とベッドの上の風太郎を見る。 「そのまさかよ。探し当てたのはいいけど、ぶつかった挙句に返り討ちにあってこうなったの」 「面目ありません。つい頭に血が上ってしまいまして。武田さんが来てくれて助かりました」  風太郎は頭を掻いた。 「らしくねえな、あっしー。そこまで血迷うって」 「武田さんにも同じことを言われました」 「おかげで、焔は一層警戒するようになったわ。もっと深く潜るようになった。見つけ出すのが更に困難になったわ」  縁は小さくため息をついた。友則はさり気なく風太郎のそばに近づくと、小声でささやいた。 「何言われた?」 「何、とは?」  風太郎も小声で返す。 「あんたが冷静さを失うようなこと、言われたんだろ?」 「……大江君は、『いい体をしている』んだそうです」  風太郎は、それだけを言った。 「ふーん……うちの座付き作家を手篭めにしてくれたことを、自ら認めたわけか」  瞬間、友則はそれまでうっすらと浮かべていた笑みを消し去った。瞳に昏い陰を宿す。 「──敵だな」 「──敵です」  敵ならば、どんな手を使っても叩き潰さねばなるまい。木野友則がそう考える男であることを、風太郎はよく知っていた。だったら、僕もこんなところで寝ている暇なんかありませんね。 「縁さん。明日には退院させてもらっていいですか?」 「風太郎さん、あなた、何言ってるの? 内臓にダメージ負ってるのよ」 「無駄ですよ。このセンセイは、退院出来ないとなれば勝手にここから逃げて行く」  春樹が助け舟を出した。 「さすが知り合い、よく判ってんじゃん」  友則がにか、と笑った。縁は再び深くため息をついた。 「あっしーが焔を見つけたのはここ……てことは、この近くに賢もいる可能性はあるな」  タブレットの地図アプリを見ながら、友則はつぶやいた。 「風太郎さんが人払いの結界を張ったように、何らかの方法でカモフラージュされている可能性は高いわね」  縁も地図を見ながら答える。  病院内の喫茶スペースに場所を移し、友則と縁は作戦会議の体で話し合っていた。春樹は喫煙室まで一服しに行っている。 「だったら、それこそ武田さんの目が役に立つんじゃねーか?」 「有効だと思うわ。でも、春樹さんの“視る”能力がいくら高くても、闇雲に探すのは彼の負担になるだけよ」 「何かもう少し決定打になりそうな手がかりがあればいい、ってわけか。期限がある分、厳しいな」  すでに三日が経っている。賢治が完全に闇に飲まれてしまう前に、見つけ出さないとならない。 「わたし達も全力を尽くしているわ。“芦田”に“秋月”の力を渡してしまうと、パワーバランスがどうなるか判らない。イレギュラーである分、賢治君が潜在的に持つ力は未知数なのよ」  友則はちら、と縁を見た。 「あんたらにとっては、大江賢治は他にもいるだろう“秋月の女”の一人でしかないのかも知れねえが」  その視線にも、声にも、わずかばかりの冷ややかさがあった。 「俺らにとっては、賢治は誰にも替えの利かない、大事な仲間の一人だ。忘れるな」  縁は何かを言い返そうと口を開きかけ、何処か自嘲的な笑みと共に閉じた。 「……そうね。あなた達も風太郎さんも、大江賢治君本人が心配で動いているのよね」 「武田さんも賢とは面識がある。あの人は警察官だから、社会秩序の為っていうのが大義名分だろうけど、やっぱ知ってる奴が事件に巻き込まれたら心配するだろ、人間として」 「──どうして春樹さんだけ『武田さん』なのかしら、あなたは」 「んー、まあ、何となく?」  しれっと言ってのけるのがこの若者なのだと、縁も薄々理解して来ている。 「……去年、俺の仲間の一人が殺された」  ぽつりと、友則は言った。 「それも、すっげー身勝手な理由で。殺した奴には落とし前つけさせたけどな。でも俺はもう、誰かの身勝手で仲間を失うのは嫌なんだ」  友則は横にある全面ガラス窓の方向に目を移した。何処か別の景色を見るような目。友則はしばらく、黙って外の風景を見ていた。  事件に思わぬ転機が訪れたのは、賢治が拉致されてから七日目の朝のことになる。
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