1-1 遭遇

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1-1 遭遇

 大江賢治(おおえけんじ)木野友則(きのとものり)と本格的に出会ったのは、中学二年の時だった。  一つ上の学年に何だか変な二人組がいることは聞いていたし、その二人──木野友則とその喧嘩友達の戸田基樹(とだもとき)──が派手な喧嘩を繰り広げているところを遠巻きに見たこともある。  少女のような美貌を持つ割に腕っぷしの強い賢治自身もある種学校の内外で有名人であったが、彼らもまた校内では有名人だった。ただ、自分が彼らと関わりを持つことになるとは思ってはいなかった──その時までは。  きっかけは、二年の時の文化祭だった。  他校の生徒や近隣の住人達なども多数訪れて大盛況の中、体育館で行われていたステージを見に行った理由なんて、今となっては判らない。大体、その時何をやっているかすら、知らずにいたのだ。  幼馴染の三枝次美(さえぐさつぐみ)を伴って体育館に入り、ちょうど空いていた席についたタイミングで幕が開いた。  簡素なセットの舞台に一人立っていたのが木野友則で──始まったのは、圧巻の一人芝居だった。  友則は老若男女を完璧なまでに演じ分け、その場にいた全ての観客の目を惹きつけ、ただ一人の存在感でステージを一杯に満たした。目が離せない。観客の誰もが話をすることも忘れ、自在に変化する友則と、彼によって体現される舞台の上での物語に没頭していた。それまで賢治は演劇などろくに見たことがなかったのだが、これは彼にとっては衝撃的なまでの体験だった。演劇というものの存在を発見したにも等しい。Eureka。  一人芝居が終わり、友則が一礼すると、体育館中から賞賛の拍手が沸き起こった。もちろん賢治と次美も感激と感動を込めて、手が痛くなるほどの拍手を送ったが、賢治はそれだけでは気が済まなかった。「すごいものを見た」という興奮のまま、彼は体育館の裏手に設けられた準備スペースへ走った。  ちょうどそこでは、木野友則と戸田基樹の二人が片付けをしていた。 「あ、あのっ!」  賢治は二人に声をかけた。二人がこちらを見る。友則がにこりと笑って近づいて来た。 「何かなー?」  と、友則はちょっと釣り気味の目で賢治を見つめ、 「あ、聞いたことあるぞ。二年にすっげー美少年いるって。おまえのことだろ?」 「二年C組の大江賢治です。……今の舞台、すごかったです」 「さんきゅ」  満足そうに友則は笑った。 「俺は三年A組の木野友則。こっちの見た目派手なのは同じクラスの戸田基樹だ。よろしくな」  その直後、賢治の口から、自分でも驚くような言葉が滑り出た。 「俺も、お二人と一緒に、舞台やりたいです!」 「へえ?」 「──物好きっているんだな」  友則は興味深そうに目を輝かせ、基樹はぼそりと呟いた。友則は賢治と視線を合わせて尋ねた。 「賢治っつったな。おまえ、なんで俺らと舞台やりたいと思った?」 「……楽しそう、だったから」  賢治は目をそらさずに答えた。 「先輩の演技がすごかったのもあるけど……舞台に立ってる木野先輩が、とても楽しそうでした。それに加わりたいって思って」 「そっか」  友則はにっこりと笑った。 「でも、俺ら三年だから、もうちょっとすると卒業しちまうぞ? 舞台やれるの、中学じゃ多分今日が最後だ」 「あ……」  そうだった。もう少しすると受験も始まるし、舞台どころの話ではなくなる。思わずうつむいた賢治に、友則は言葉をかけた。 「だから、おまえがその気なら、俺らを追っかけて来い。俺らは星風学園高校を受けるつもりだ。あそこは演劇部が潰れてるから、俺らが一から作れる──俺が作る劇団の、たたき台に出来る」 「必ず行きます!」  きっぱりと、賢治は言い切った。  友則は賢治に向かって右手を差し出した。実に魅力的な笑顔とともに。 「判った。……賢治、俺と一緒に、面白いことしようぜ?」  賢治はその手を取った。がっちりと握手する。  ──それが、最初だった。  思えば、以前から賢治の中には何かを創り出したい、表現したいという欲求はあったのかも知れない。それに具体的な形と目標を与えたのが友則だった。それからずっと、賢治は友則の背中を追っている。星風学園に入ってからは演劇部の看板俳優兼座付き作家の立場を手に入れ、友則達が高校を卒業した現在は演劇部の二代目部長をやっているが、まだまだ初代部長の背は遠い。  人生を左右する特別な出会いというものがあるなら、賢治にとっては確かにあの文化祭がそうだった。  あの時十四歳だった賢治は、もうすぐ十八歳になろうとしている。
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