人ごみが怖い

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人ごみが怖い

 僕は人ごみが怖い。だって、人の集まるところには、見たくないものもあつまるから。自分の身体は自分の意思で動かしていると思っている人は多いけれど、"みえる人"にとっては、そうではない。僕は最近それを知った。  人通りの多い繁華街。そこの占い師に声を掛けられた。 「ねえ、あなた、憑かれているわよ」 そこで僕は大切なことを教えてもらった。例えば、ふだん何気なく使っている言葉が呪いになるということ。  仕事をしている人なら誰でも、「おつかれさまです」と毎日のように言うだろう。もし「おつかれさまです」と言われて「おつかれさまです」と返さなかったら、どういうことになるのか。  おつかれさまとは、「あなたに憑き物を差し上げます」という呪詛である。言われた方はその呪詛をお返しすることで、事なきを得ているのだ。  僕はそれを知ってから挨拶をサボりがちな後輩に、挨拶はちゃんと返すように指導した。そうしたら、いわゆる普通の人には見えないものが見えるようになってしまった。憑き物のやりとりが見えてしまうのである。件の占い師によると、「無償で人を良い方向に導くという善行」を積んだ事で徳が上がった。つまり、魂のレベルがあがり、ふつうは目に見えないものもわかるようになったということだそうだ。  それからというものの、僕は人ごみが怖い。人が何気ないやりとりで、憑き物がついたり、減ったり。でも一番恐ろしいのは、小さな子どもが大きくて黒くて恐ろしい雰囲気の憑き物をいくつもまとっているのを見る事だ。そういう場合、何かしらの事故にあって、怪我をしてしまうのだ。  僕はそれを見て見ぬ振りして歩かなければならない。もしも彼女を助けようとしてしまったら、さらに徳が上がり、もっといろいろ"みえる"ようになってしまうからだ。僕はこれ以上、怖いものをみたくない。今でも人ごみが怖いのに、これ以上みてみぬふりをしないといけないとなると、社会人として生きていける気がしない。
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