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事件の発生
その日、俺は結衣を連れて渋谷に向かった。
「ねぇ? パパ。ママはもうずっとお家に居るの?」
電車の中で彼女が屈託の無い笑顔で俺に聞いて来た。
「そうだよ、もうずっと一緒だよ。良かったな、結衣」
「ウン、ママが治って嬉しい・・」
美羽は半年前から入院をしていて、今日が退院の日だった。
彼女は乳癌で両胸の全摘手術をしており、本日やっと帰宅の許可が降りたのだ。
渋谷駅を降りると平日にも関わらずスクランブル交差点は『人混み』で埋め尽くされていた。俺達は道玄坂を登った所にある癌専門病院に向かった。病院の受付で退院の手続きをして病室に入ると、美羽はすっかり準備を整えていた。
「ママ、良かった。これでやっと一緒に暮らせるね。結衣とっても嬉しい!」
結衣が美羽の足に抱き着いてそう言った。美羽は結衣の頭を撫でながら応える。
「そうね。ママも結衣と一緒にお家に帰れて嬉しい。ごめんね。寂しい想いさせちゃって」
「大丈夫、でももう居なくならないでね!」
その声を聞いて美羽は悲しそうな表情を浮かべた。でも首を振って結衣に言った。
「分かった。約束する。どんな形でも結衣が中学生になって高校生になって、そして結婚するまで、側に居るよ」
結衣が大きく頷いている。
「美羽、無理しないでタクシーで帰るか?」
「ううん、今日は調子がいいから、電車に乗りたい」
「分かった。でも辛くなったら直ぐに言うんだぞ!」
「はい、分かっています」
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