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ターゲットとなる女は、毎週木曜日と火曜日の午後九時に、人気の少ない道を通って塾へと息子を迎えにいくらしい。また帰り道も同じ道を通ることから、そのタイミングを狙って殺害を図るとのことだった。
俺の役割は単純に、彼らの意識を惹きつける囮のようなものだった。俺が彼らの気を何らかの方法で逸らし、その隙にFが自前の金属バットで二人を殺す。息子を殺す理由を訊ねると、単なる憂さ晴らしと彼は言った。
しかし話を聞いていて思ったが、Fはよほど入念に女のことを調べていた。それもやけに生々しい、リアルな情報ばかりである。どうやらそれ程までにFは、彼女に強い憎しみを抱いているらしい。
迷った挙句、俺はFを手伝うことにした。彼には日頃から世話になっていた恩もあるので、そんな彼の頼みとあれば断ることができなかった。何より彼が憎しみを抱車程の相手なら、どうせろくなやつではないのだろうと思った。
「ありがとうございます。ですがこの話は、くれぐれも他の人達には話さないで下さい。何せあの人達は、正直言ってあまり信用なりませんから」
去り際のFの言葉は、余計に俺達の関係を確固としているように思えた。
そして時が満ちる。その日は特別、月明かりが奇麗な夜だった。月光が落ちた地上を見渡すと、なんだか月に監視されているような気がした。
そうこうしている内にも、例の親子が楽しそうな会話をしながら歩いてきた。二人共、鼻が高く彫りの深い美人顔だった。
そんな彼らの姿を、俺は建物の影よりそっと覗き込んだ。今からあの幸せそうな親子が殺されるのか。他人ながらも彼らの未来を考えると、少しばかり胸が痛くなった。
「うまくやってくれよ……F」
俺の手に握られた大きなコンバットナイフとやらが、鈍い金属光沢を放ち闇を切り裂く。どうやらこれも、Fが大金をはたいて購入したものらしい。いくら脅しのためとは言え、彼がここまでするとは思わなかった。
「そろそろだな……」
そしていよいよ、親子が建物の影へと足を踏み入れた。そこから先は、月すらも監視できない暗黒の世界。どんなことでも許されてしまいそうな、まさに欲望の権化だ。
もう頃合いだな。高鳴る心臓の鼓動を服の上から押さえて、ついに俺は親子の前に姿を現した。震えるその手で、大きなナイフを握りしめながら。
「動くな! あ、あと、声も上げるなよ!」
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