苺っておいしいよね

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苺っておいしいよね

目が覚めると、自分が知らない人でした。 ーーなあんて、ただの善良な一般市民のガラスハートがぱりんぱりんと軽い音を響かせるような異常事態が自分の身に降りかかるとは、まさかまさか、思っちゃあいなかった。 顔を洗うために覗き込んだ水面に映った自分 ーーおそらく、たぶん、もしかすると、信じられないけれどーーは、つやつやと天使の輪っかをのせたような蜂蜜色の髪に、およそ現代日本では目にしないタイプの真っ赤な瞳をして、こちらを見返している。 何せ水晶体を通して透けて見える血の色ではなく、正真正銘、虹彩が放つ冴えるような濃い赤色だ。 絵の具や血液、トマトやビーツといった日本に暮らしている人間が日常生活の上で目にするどの色とも似ていない。 あえて言葉にするならば、ろうそくの火、そのもっとも外側のオレンジを煮詰めたような、それでいて赤以外の色も垣間見えるような、不思議な色合いの赤、と言ったところだろうか。 大きく目立つパーツはそのふたつ。 しかし、なにもしなくても少し上がった口角に、みずみずしいピンクの唇。 白く柔らかそうな頬は頰紅など必要としない自然でぬくもりのある色合いで、つんと上を向いた形良い鼻、猫のように大きく、わずかにつり目ぎみの目と、意志の強そうな眉。 それら全てが、一流の職人が心血を注いで作り上げたと言っても過言ではない配置の妙をして、こちらを見返す水盆の中の自分の顔を形作っていた。 「は、え、何?」 待って待って待ってちょい待って。 などとあわてて近くにあったタオルで顔を拭う。うぎゃ、痛い。 そこでもう一度、自分の握っているものを見て、「なにこれ?」と呟いた。 それは、自分が普段使っているようなふわふわのタオル生地ではなく、ごわごわした……麻?とかそういう類の布だった。 「リーゼロッテ、どうしたの?」 「え、あ、はい!今行きます!」 優しそうな女性ーー黒い被り物をした……シスター?が「私」を呼ぶ。 そうだそうだ、私の名前はリーゼロッテだ。と思い出す。 謎の記憶が頭をよぎったけれど、そういえばそうだ。頭がパチパチして目がチカチカするけれど、いたって健康体の齢10の女の子。 親はなく、王都近くの孤児院で暮らす、孤児院の中でも上から数えた方が早い年齢。 もうすぐ手に職をもつ年齢の、健康優良児。 それが、リーゼロッテだった。 「ママ、今日のご飯、なあに?」 「今日はね、みんなの大好きなオムレツよ。おすそ分けで小麦粉をいただいたから、パンは1人2つまで食べてもいいわ」 「あ、サムおじさんね!本当にいい人!」 「そして今日はなんと、みんな大好きな苺があるの!」 ーーなんですって! リーゼロッテは拳を突き上げて歓喜した。 この国ーーアインヴォルフ国の人間は、みんな苺が大好きだ。王侯貴族が食べるような、つやつやして大ぶりなものは流石に高いけれど、小さくて形の悪いものはわりと安く手に入る。 「ママ、早く早く食堂行きましょ!」 「ま、リーゼロッテったら、現金ね」 「苺の誘惑が強すぎるの!仕方ないわ!」 リーゼロッテは蜂蜜色の髪をなびかせ、白い歯を見せて笑った。 これが最初の日ーーこれが、はじまり。 苺を食べながら、不意に目にした自分の姿を思い出す。 リーゼロッテという、とあるゲームの主人公にそっくりな顔。 それが自分にそっくりだな、なんて認識したのは、その日の昼、遠い親族だとリーゼロッテを引き取りに来た、なにか偉そうな紳士を見たときーーではなく。 その足元、ちょこんと隠れるようにこちらを覗いている日に透けるような金髪の少年ーークロヴィス・ティーゼを名乗った彼を見たときだった。
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