そのプロポーズ、実にスピーディ

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そのプロポーズ、実にスピーディ

ティーゼ侯爵がリーゼロッテをどういう扱いにして引き取ったのたのかはわからない。 ただ、あれよあれよと連れられて、気付いた時には王都から西に少し進んだ場所ーーティーゼ侯爵領の小高い丘の上、ティーゼ家の屋敷にて、リーゼロッテは美しい金髪の女性に泣きながら抱きしめられていた。 「ああ、本当に、お兄様そっくり……」 「おにいさま?」 初めてみる女性だ。当然といえば当然だが、リーゼロッテのもつどの記憶にもない。 それなのにこんなに綺麗で優しくて、その女性の顔面が間近にあることに、思わずリーゼロッテはどぎまぎしてしまった。 「母上!リーゼロッテは来たばかりで疲れているのです」 クロヴィスが、母上と呼んだ女性から、リーゼロッテをひったくるようにしてぎゅっとしがみつく。 おうおう私はぬいぐるみか何かか?などと思いつつも、弟ができたみたいで嬉しくなり、リーゼロッテはクロヴィスを抱きしめ返した。 このこの!かわいいやつめ! 「あら、まあ、クロヴィス、半日で見違えたみたい。リーゼロッテちゃんが来て嬉しいのね」 「は、母上!」 「そりゃあそうだ、クロヴィスはリーゼロッテちゃんに一目惚れしたんだからな」 「ち、ち、ち、父上ぇ!?」 クロヴィスが、リーゼロッテの腕の中で顔を真っ赤にして叫ぶ。ゲームでの設定上、リーゼロッテとクロヴィスは同い年のはずなのに、今のクロヴィスはリーゼロッテより頭半分小さくてとても華奢だ。 ゲームに出てきたクロヴィスは、嫌味ったらしくてもやしみたいにひょろ長い、ついでに髪の毛もひょろひょろ長く伸びた男だった。 ……この天使みたいな少年がそんなことになるなんて!一体ああなるまでになにがクロヴィスに降りかかったのだろう。 そんなことを考えていたから、リーゼロッテはぼんやりしていて一目惚れのところをきっちり聞き逃していた。 「り、リーゼロッテは僕の大事な子です!父上も母上もあ、あんまり仲良くしないで!」 「こら、クロヴィス、そんなこと言ったらダメだよ。みんなと仲良くするの」 リーゼロッテが腰に手を当てて言うと、クロヴィスはうっと顔を歪めた。ティーゼ侯爵と、侯爵夫人があらあらおやおやとこちらをみている。 クロヴィスの目は今にも決壊しそうで、だから、フォローのつもりで、羽みたく軽い軽い気持ちで、リーゼロッテはじゃあ、と口を開いた。 「じゃあ、私の一番はクロヴィス、クロヴィスの一番は私。そう言うことにしよう」 「はぇ?」 変な声で驚くクロヴィスに、リーゼロッテはふふん、と自信満々に続けてみせる。 「二番をたくさん作ればいいよ、クロヴィス」 「二番?」 「そう、一番はお互いで、他に好きな人がたくさん。それならいいでしょう?」 「えっ、いいの?」 「もちろん!ね、だから私、クロヴィスのことヴィーって呼ぶから、ヴィーも私に名前つけて?お互いだけが呼ぶ名前」 きゃっ、と侯爵夫人が喜色満面に頰を抑えた。 侯爵が嬉しげに頷く様子が、視界の端にちらりと見える。どうして喜んでいるんだろう。ただのあだ名じゃないか。前世ではあだ名なんて親しければみんなつけあうものだったぞ。 「じゃ、じゃあ、あの、あのね。……リズ。リズって呼んでいい?」 「リズね、いい名前!ありがとう!ヴィー!」 喜びのまま、クロヴィスに抱きつき、そのまま押し倒してしまった。ごん!と床に頭を打ち付けて伸びてしまったクロヴィスに誠心誠意謝ったリーゼロッテを、しかし、目を覚ましたクロヴィスは嫌な顔すらせずに抱きしめ返した。 ところで。仔犬が二匹戯れてるみたい!運命の相手だわ! と、夢見るようにはしゃぐ侯爵夫人と、熊のような顔を紳士然として優しく緩める侯爵が、リーゼロッテに伝え忘れていたことがあった。リーゼロッテがそれを知ったのは翌日だ。 これは、ゲームの設定上ふんわり語られていたことであったが……一度プレイしただけのゲームを覚えるほど記憶力のよろしくなかったリーゼロッテは、その事実を教えられた時、目をカッ開いて驚くことになる。 ーーアインヴォルフ国において、相手に名をつける行為は、特別な意味を持つ。 とくに、ティーゼ侯爵家に置いてそれは顕著で、つけられた名をミドルネームにして後生大事に抱えるのだそうだ。 しかも名を付け合うなんぞ、互いにプロポーズしたと同義で。 だから、今この時より、クロヴィスの叔父の娘であったリーゼロッテは、リーゼロッテ・リズ・ティーゼになったし、クロヴィスはクロヴィス・ヴィー・ティーゼとなり、事実上の婚約者へとなったのである。 ……ゲームで、クロヴィスにはミドルネームなんかなかったけど!? と、叫んだのも後の祭り。リーゼロッテは、乙女ゲームに参戦する前に攻略するべき相手が決まってしまったのだった。 それがいやでなかったのは、まあ、たしかに、たしかに、ではあったが。
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