声なき叫びが聞こえたのだ

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声なき叫びが聞こえたのだ

「リズ……?」  クロヴィスは顔を上げた。  声が聞こえた気がしたのだ。 「ティーゼ先輩?」 「リズが遅い。アーデルハイト、少し席を外す」  クロヴィスの胸がざわめく。  足を踏み出して、歩を進めるたびにリーゼロッテがクロヴィスを呼んでいるのだと、そういう思いが胸を占めた。  どうして、こんなに不安になるのか。嫌な予感が絶え間なく膨らみ、クロヴィスはぐっと手を握った。汗がひどい。 「たしかに……リーゼロッテ、どこまでいってるんでしょう。私も探します」  クロエがそう言って周囲を見渡す。クロヴィスに当てられたのか、不安そうな顔をして、女子生徒の方を見るなり、そちらに向かっていった。  おそらく、目撃情報を探すのだろう。それはたしかに有効だ。  けれど、クロヴィスは、その手の情報収集などすることなく、もはや夢遊病患者のようにふらふら歩きだした。  夢遊病患者と違うのは、クロヴィスが導かれるようにしてそちらに進んでいたことだ。  薔薇園を抜け、頭の中、リーゼロッテの声なき声に導かれるように噴水へ進み、薔薇のアーチを抜ける。気づけばそこは、リーゼロッテがいつか迷子になったあの場所で。  そうして、クロヴィスは、赤毛の鬘をーーその隣に、はらりと落ちて踏みしめられた、絹のリボンを見つけた。  恐怖とは、こういうことをいうのだ。  クロヴィスはーークロヴィスはーーそのリボンを手に取り、目を限界まで見開き、その犬歯を噛み砕くほど強く噛み締めた。 「リズ……ッ!」  白いハンカチを拾い上げる。かすかに百合の香りがする。  その香りと、イニシャルを刺繍したハンカチに覚えがあった。  どうして、あの人が、などと、もはや思わない。それよりずっと大切なことがある。  クロヴィスの考えたことが事実であればーー限りなく事実に近いーーもう一刻の猶予もありはしない。  クロヴィスは、幽鬼のように立ち上がると、園舎の裏手にある、離れの小さな家への最短ルートを脳裏に思い描いた。  百合の香りを嫌い、それなのにその香りの睡眠薬を好んで使った人を知っていた。  かつて王城にて、クロヴィスが師事した医官。  名を、ロミルダ・バシュ。優しげな面差しをした老女を思い出す。  毒や薬に精通した、引退した元医官。  そうしてーーリーゼロッテの母親の、元乳母。  リーゼロッテになにをするつもりなのか、わからない。しかし、クロヴィスの脳裏には警鐘が鳴り響いている。  リーゼロッテが、危険だと。 「師匠ーーリズを、返してもらいますよ」  クロヴィスは走り出した。限界を超えた疾走に、胸が痛いほど鼓動を刻む。けれど、心臓が張り裂けたって構わないと思った。  ーーリズ、君を守れるなら。
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