リズのヴィー

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リズのヴィー

 びりびりと、むしり取るように、ドレスが剥がされていく。クロエが選んでくれたコーディネートだったのに、もう無残な布切れになっている。  腐ったような息が頰に触れて、ぐるりと白目を剥いた青年がリーゼロッテの頰を舐めた。  いやだ、いやだーー。 「まだお姫様のお顔はお戻りにならないのですねえ」  そう言って、ばあやを名乗った女が不思議そうに首をかしげる。  こんなもので、こんな、こんな、もので、リーゼロッテが屈するのを望んでいるのか。この老婆は。  リーゼロッテは笑っていない、表情がないと、突きつけた老婆は、その先にリーゼロッテになにを望むのだろう。  怖くて、怖くてたまらないのに、同時にひどく怒りがわき起こっている。  ヴィー、ヴィー。  ここがどこだかわからない。助けなんて来ないとわかっている。  それでも、リーゼロッテは声の出ない喉でクロヴィスの名を鳴らした。  自分が危険に陥って考えるのはクロヴィスのことばかりだ。  クロヴィスは傷つくかもしれない。いいや、傷つくだろう。  リーゼロッテを大切にしてくれる彼だから。  男が首筋を舐めた。なめくじが這っているようだ。気持ち悪い。 「お姫様、すぐに終わりますからね。そうしたら、その男は処分しましょう」  まるで、今日のおやつの話をするように、老婆はおぞましいことを言う。  くすくすと笑う双子の赤毛は、笑顔を絶やさず2人でくっついている。  リーゼロッテは気づいた、双子のその目が、虚ろだ。  男の手が、スカートを引き裂けずにまごついている。 「ああ、この双子ですか?ばあやの犬ですわ。成功作なんですよ。いずれお姫様にもさしあげましょうね」  成功作とはなんだ。人をあやつるすべに成功も失敗もあるものか。  リーゼロッテは、唯一自由に動かせる目で、老婆を睨みつけた。 「私は、お姫様を隠したクロヴィス・ティーゼにもこれを教えたのですがね。まあ、あの子は物覚えが悪いのか、催眠はあまり成功させませんでしたが……。あの子も教え子としては失敗作ですねえ」  孫に話しているような口調で、リーゼロッテの心の一番柔らかいところにあるものを侮辱してみせた老婆に、リーゼロッテはぐっと歯を噛み締めた。  この老婆が許せない、許せないーー。  ヴィーは優しいのだ。だから、教えられてもそんなことをするはずがない。 「ああ、でも、あの子はお姫様にだけはそこそこに成功していましたねえ」  老婆が思い出すように言った。 「忘れさせることだけにたけるなんて、本当に不出来な弟子です。ねえ、リーゼロッテ、お姫様。忘れさせられた記憶がなんなのか、気になりますよねえ」 「しりた、く、ない、わ」  リーゼロッテは痺れる口を無理やり動かして、それだけ発した。  リーゼロッテの言葉をどうとったのか、老婆はぱあっと嬉しそうな顔をする。 「まあ、まあまあ、そうですよねえ。自分が勝手に暗示をかけられたなんて……」 「ヴィー、は、」  リーゼロッテの平らな胸が、焦れたような男に鷲掴みにされた。力が強すぎて肺まで潰れそうだ。けほ、と、リーゼロッテの言葉が途切れた。  ーーヴィーは、あなたのように私を自分の思い通りにしようとなんてしてないわ。  わかる。リーゼロッテが何かを忘れたことが真実だとして。それだけは絶対にそうなのだ。  クロヴィスは、絶対にリーゼロッテを傷つけない。  ーーリズ、笑って。  幼いあの日、無邪気にねだったクロヴィスを覚えている。  リーゼロッテのクロヴィスを知らないくせに、勝手にクロヴィスに決めつけを押し付けるな。  ーー私の、ヴィーを、勝手に消費するな。  男が、リーゼロッテの口に手を近づける。顎を抑えようとしているのだろう。 リーゼロッテはきっと男を睨みつけた。 「あらまあ、キスなんて。ふふ、でも、お姫様の暗示は王子様が解いてあげませんとね」  老婆が笑う。リーゼロッテは息を吸った。  男の唇が近づくーーリーゼロッテは、思い切り男の鼻に、噛み付いた。 「ぎぇっ!?」  青年が叫び、リーゼロッテから飛びのく。  老婆が目を見開いて、こちらを見つめている。双子が身構え、それを見て、リーゼロッテは、吐き捨てるように、吸った息を声にした。 「私の唇は、ヴィー、以外には、高いのよ」  凍った顔ならそれでもいい。  こいつらに、感情の揺れなど見せてやるものか。
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