【最終話】どうにもならない結末に、一つの奇跡がおっこちたなら

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【最終話】どうにもならない結末に、一つの奇跡がおっこちたなら

 のちに、王妹事件と呼ばれた事件は、ロミルダ・バシュの処刑によって終わりを迎えた。  彼女に洗脳を受けていたものは多く、なかには王立の学園の生徒もいた。  その治療を施したのは、数年後に医師侯爵と呼ばれることになるクロヴィス・ヴィー・ティーゼだった。彼の功績は、アインヴォルフ王国の貴族間に存在する、百合や葡萄などへの偏見を取り除くことに尽力した彼の妻とともに、語り継がれることとなる。  クロヴィス・ヴィー・ティーゼは昨日の夜、夢を見た。  それは、自身がすべての事件の黒幕で、最終的には断罪されて、処刑される物語だった。  なんとも絶望的で、唾棄すべき話だったし、クロヴィスが思いつきもしないような非人道的なこともしていた。  今では自身の友である王太子アルブレヒトやヴィルヘルムにも憎まれていて、家族からも腫れもの扱いを受けていて。そうした先のクロヴィスは、ずいぶん歪んでいた。  けれど、クロヴィスが夢の中の自分を憐れんだ部分はそこではなく、とある少女の姿がどこにもないという一点だった。 「くそ、くそくそ!許せない、ゆるせない!」  牢の中、片腕を失ったクロヴィスは憎悪の叫びをあげていた。  彼女の名前は、その口からは一度も出てこない。  ――ああ、この世界には、彼女がいないのか。  クロヴィスは、夢の中のクロヴィスを憐れんだ。そして、これはまぎれもなく自分なのだと思った。  このクロヴィスは、リズに出会えなかった自分だ。  あの日、クロヴィスに手を差し出して、友達になろうと笑ってくれたリズの笑顔がなければ、きっと自分はこうなっていた。  そう、確信できた。この世界の自分は、もう救われない。  リズは、自分の行動すべてがから回っている、失敗だと思っている節がある。  けれど、そのどれもがクロヴィスの心を救っていると知ったら、どんな顔をするだろう。  ――ねえ、リズ。  君がいないと、僕は僕で居られない。  息もできない、生きられない。  ――リズ、笑って。  何度も口にしたその言葉はすべて本心だ。  リズを救いたい、リズに好かれたい。  リズの隣にいたかった。  たったひとりが存在するだけだ。けれど、そんなことが、クロヴィスの世界を変えたのだ。 「リズ。君が好きだよ」  クロヴィスは、新婦の控室で、白いドレスに身を包む、はちみつ色の髪を結い上げて、陶磁でできた百合の花を飾った花嫁の顔を見つめて、真剣な顔で言った。  花嫁はきょとんと目を瞬いて、けれどおかしそうにくすくす笑う。 「ヴィー、今日十回も同じこと言ってる。……私もよ」  リーゼロッテ・リズ・ティーゼ。結婚しても名の変わらぬ彼女は、今日、彼の戸籍上の義理の妹から、戸籍上の妻へと肩書を変える。  夢の中のことを、いつかこの愛しい女性に話すかもしれない。  ――君のおかげで、僕の未来が変わったんだ。なんて言ったら、笑うだろうか。  くす、とクロヴィスは口元をゆるめた。 「ねえ、リズ。建国王に誓う前に、君に誓うよ」  クロヴィスが、リズの頬に手を添える。 「僕は君と、幸せになるよ」 「それは少し違うわ、ヴィー」  リズが、クロヴィスの手をそっと包み込む。驚くクロヴィスに、いたずらっ子のように微笑んでその手のひらにちゅ、と唇をつけた。 「もう、幸せなのよ」  リズの目に、涙がにじんでいる。ああ、そうだった。もう、とっくに幸せだった。  ――君が、いるから。  クロヴィスは、控室だということも忘れて、花妻の唇を吸った。  やがて、唇が離れると、どちらからともなく笑みがこぼれる。  あの日、孤児院で、君に出会えてよかった。  どうにもならない物語の中に、一つの異物が落っこちたなら。  もしもそれが、誰かの未来を変えたなら。物語のエピローグには、なにがふさわしいだろう。  ……ああ、そりゃあそうだ。  異物ではない。おっこちて、だれかを掬い上げたなら。それはもう、奇跡と呼ぶべきものだった。  リーゼロッテ・リズ・ティーゼ。彼女が彼に与えたものは、命だけではない。  恋も愛も、全部内包して、その未来をつないでいく。彼女の存在こそが、奇跡だった。  乙女ゲームのヒロインに転生したけど、恋の相手は悪役でした、なんて変わり者、なかなかお目にかかれない。けれど、その変わり者のリズだからこそ、ヴィーを救えたのだ。  だから、この物語の最後には、ありきたりな言葉がふさわしい。  そう。たとえば、ほら。  めでたし、めでたし、なんてね。
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