10人が本棚に入れています
本棚に追加
1 おかしな客は一日の終わりに来ることが多い。
「この人と結婚したら、幸せになれるでしょうか」
目の前に座ったOL風の女性はスマートフォンを差し出すと、黒猫の写真を見せてきた。
微妙にブサイクだが味のある良い面構えをしている。さすがに猫との結婚は占ったことがないなと俺が一瞬躊躇していると、慌てた様子で「間違いました」と別の画像に切り替えた。
見せられた写真は少し怖そうな顔をしているとはいえ、ちゃんと人間だった。これなら占えそうだ。
「すみません。透視的なものはやっていないので、こちらに名前と生年月日を記入してもらえますか」
俺はメモを差し出した。女性が記入をしている間、俺は客に気づかれないように小さなため息をついて、部屋を眺めていた。
藤色の壁に赤い絨毯、頭上には黄金のシャンデリア、テーブルには黒のクロスが掛かっている。部屋の隅には金属製の蝶々や水晶のユニコーンなど、美術品が置かれていた。
魔法使いでも住んでいそうな内装だが、すべてオーナーの趣味だ。占いに来る人にとっては、このぐらい胡散臭いほうがいいのかもしれない。
女性客が記入を終えたようだ。
「では相性を占ってみますね」
エンドレスでかかっていたBGMが、ちょうど終わって新しい曲に変わった。いかにも占いの館でかかっていそうな怪しい曲だ。ずっと聞いていると眠たくなってくる。
浄化に良いとされる白檀のお香も、そろそろ燃え尽きそうだった。時間的には、あと一人を占ったら終わりというところだろうか。
「相性はいいですね。二人とも引っ込み思案なところがありますが、お互いに相手のことを気遣える優しい人なので、結婚生活もうまくいくと思いますよ」
今回のように結果が良いときは楽だ。そのまま伝えればいい。相手もいい気分で帰ってくれる。
問題は結果が悪いときだ。嘘を伝えるわけにはいかないので本当のことを言うと、相手によっては面倒なことになる。その見極めが難しい。
「ありがとうございました」
OL風の女性は嬉しそうな笑顔を見せて出て行った。
「次の方どうぞ」
声をかけたが誰も入ってこない。出入り口まで行き、黒いレースのカーテンをめくって部屋の外を覗いてみるが、赤い絨毯が敷き詰められた通路には誰もいない。
しばらく待って誰も来なければ今日は終わりにしよう。そう思いながら俺は席に戻り、じっと待っていた。
俺は三年ほど前から、しがない占い師をしていた。
名前は八雲群青(やくもぐんじょう)なんていうキラキラネームを使っている。本名は秘密だ。
繁華街の雑居ビル最上階にある占いの館で働いている。手相を見たり名前や生年月日を聞いて姓名判断やホロスコープを調べて、それっぽいことを言うだけで結構なお金がもらえるありがたい商売である。
もともとはホストをしていたが、酒の飲み過ぎで肝臓をやられた。
このまま続けると死ぬぞと医者に脅されて、仕方なくホストは辞めることにしたが、今更お堅い仕事にはつけそうもない。
そんなときに、よく店で会話のネタとして女性客の手相を見たり、星座占いをしてみせたりして喜ばれていたのを思い出した。
試しに占いの館の面接に行ってみたら、あれよあれよと言う間に採用されて、今では人気占い師だ。もともと人と話をするのが好きで、人を喜ばせるのが楽しかったということもあり、不思議と仕事は続いている。
仕事のときは女装をしている。男の娘であるとか、女装癖があるとかではない。ただ単に身バレをしたくないから変装しているというのが主な理由だ。
割合的にいっても占いに来る人の大半は女性で、占い師が男であるより女のほうがいろいろ気兼ねなく悩みを話してくれるという利点もある。自分にも相手にもメリットがあるなら女装ぐらいやってやる。それがプロというものである。
自分で言うのもなんだが色白で化粧映えをする顔立ちをしているので、結構な美人に化けることができる。声も少しハスキーな女性という感じなので、今のところは知り合いにばれたことはない。
家族にも占いの仕事をしているとは話したことはないが、一度だけ妹が占いに来て焦ったことがある。妹の恋愛事情なんて知りたくもないのに変な汗をかいたが、なんとか乗り切った。身内にすら正体がばれなかったようなので、俺の変装能力はかなり高いはずだ。
通路のほうに目をやるが、次の客が来る気配はない。あと五分だけ待ってみようか。
手持ち無沙汰の俺は、今日占った人間が書いたメモを小型シュレッダーに投入する。細く分断されながらメリメリと飲み込まれていくメモ用紙の最後の足掻きをじっと見ていた。
この占いの館にはいろんな客がやってくる。占って欲しいと言われる内容はさまざまだ。
恋人はできますか。彼と結婚できますか。どんな仕事が向いてますか。などなど。
今日最初に来た女子高生は彼氏に振られた直後だったらしい。「新しい恋はいつ始まりますか」と聞いてきた。その次に来たのは就活に疲れた女子大生だ。「どこに就職したらいいですか」とジャンルも職種もバラバラな企業名十個を涙目で連呼していた。
他にもランドセルを背負った可愛らしい小学生も来ていて、「初キスをするのはどの子がいいですか」と質問された。候補の男子は三人もいた。ある意味、今日来た客の中で一番恋愛が上手で、女子力が高かったのは、その小学生だったかもしれない。
とにかくこの店にはいろんな客がくる。内容もバラバラだが正直な話、俺に言わせれば、どれもこれも自分で考えろと言いたくなることばかりである。
恋人が欲しければ自分で努力しろ。合コンに行くなりナンパをするなり告白するなり、ここに来る前にすることが山ほどあるだろう。
彼氏と結婚したいというのなら、直接プロポーズするなり、彼氏の親や友達に取り入って外堀から埋めるなり、料理の腕を磨くか夜の技術を磨くかして、彼氏がついうっかりプロポーズしてしまうぐらいに良い女になる努力をしてからこい。もちろん、不倫なんか論外だ。そんなやつは占いに頼る以前に人としての道理を学んでこい。
仕事は向いているかどうかより、やれるかどうかだ。自分にできる仕事が欲しいならハローワークでもなんでも行け。
もしそこにないキラキラした仕事に就きたいようなやつは知らん。そんなもんは占いに頼るような他力本願なやつには絶対になれないし、本当になれるやつは占いに来る時間があったら、夢を叶える努力をするために大切な時間を使ってるだけだ。そんなこともわからんバカにつける薬はない。
……なんてことは絶対に客の前では言わないが、ずっと心の中で、果てしなくツッコミを続けながら仕事をしていると俺も疲れてくる。
俺が幸せになれる仕事っていったいなんですか。
そう質問して過去の俺自身を占ってもらいたいぐらいだ。俺だってこんなことしかできないから占い師なんてものをしているのだ。偉そうなことを言えた義理ではない。
客だって本当の未来を知りたくて来ているわけではない。そんなことはわかっている。ただ背中を押す言葉を欲しがっているだけなのだ。
自分の心の中ではほとんど答えは出ている。だがそれを選ぶ勇気がない。そんなときに見ず知らずの占い師に道を示してもらいたい、ただそれだけだ。
それが希望の道ならばやっぱりそうだと思ってそれを選ぶ。もし気に入らない道ならこの占い師は当たらないと判断して、違う占い師を探しに行くだけだろう。
結局人なんてものは身勝手である。俺はお金に見合うだけの最低限の言葉を売っているだけだ。金を払ってくれるならどんな客でもウェルカムだ。
ただこの手の仕事をしていると、どうしてもやばい客というのはいる。人生に追い詰められ過ぎていて、今にも死にそうなやつだ。
あれはいけない。自分の言葉が原因で自殺なんてされたらたまったもんではない。寝覚めが悪い。だからいつもは、できるだけ優しい言葉をかけて変なスイッチを押さないように、腫れ物を触るようにして丁重におかえりいただくことにしている。
そういうおかしな客は、一日の終わりに来ることが多い。
なんだか今日は嫌な予感がする。
壁にかかっている絵画を見ると、タロットカードの死神をモチーフにしたイラストが目に入った。なんだか嫌な暗示だが気にしないようにすればするほど、気になってくるのが人というものだ。このまま誰もこないまま仕事を終えた方がいいのかもしれない。
そう思った時に、部屋の外から声が聞こえてきた。
最初のコメントを投稿しよう!