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 今日も例にたがわず、茹だる様な暑さだ。  ただ歩いているだけで、額から汗が流れてくる。  その上_____  淨の歩く速度と言ったら、まるで競歩だった。  周は黙ったまま、まるで走るが如く歩く淨の後ろを、完全なる小走りでついていく。  もう少しゆっくり歩きませんか・・・・・そう言いたいところだが、当然言えるはずはない。言おうものならどうなるか・・・・その先は言わずとも知れているからだ。  「あのぉ~、淨さん・・・・・どこへ向かっているのでしょうか・・・・」  「・・・・・・・」  当然のように、返事は帰ってこない。 ____ですよね・・・・  淨は高梨沙織のことを調べる。それが目的のはずだ。  でも、だとしたら疑問が浮かぶ。  淨は高梨沙織に会ったことがない。ましてや、家など知るはずがないのだ。  それなのに、淨は今間違いなく目的を持って、どこかに歩いている。  猛烈な暑さの中既に三十分以上小走り状態の朦朧(もうろう)とした頭で必死に考えるも、その全てを口に出すことは恐らく許されない。それならいっそ、何も考えずについていけばいいのだが、周にはどうもそれができない。 ___あぁ・・・もう限界かもしれない・・・・  そう思った時だった。淨が突然止まったので、周はその背中にまともに顔面をぶつけた。 「ちょ・・・どうしたんですかぁ。急に止まらないでくださいよぉ~」 「ぁあ?うるせぇな。おい、高梨沙織ってのはあいつだな?」 「えっ?」  淨の目線の先を見ると、そこには確かに高梨沙織がいた。  大きなマンションのエントランスで、誰かに呼び止められ話をしている。 「そ・・・そうですっ。彼女が高梨沙織です!」 「なるほどなぁ・・・・確かに空の言う通りだ。厄介なもんしょってやがる」  周は淨の背中越しに、じっと高梨沙織を見た。しかし、淨や空が言う”やっかいなもの”が周に見えるはずもなかった。 「おい、周」 「はいっ、なんでしょう?」 「お前、あいつについていけ」 「えっ?ぇええええっ! いや、無理ですよそんなのっ!」  学校で顔を合わせるだけでも、とびっきりの苛めを受けている自分が、家などに押しかけたらそれこそ次は殺されるかもしれない。周はぶんぶんと首を横に振った。 「ばぁか。誰もそのまま行けなんて言ってねぇだろうが」  そう言って淨は、首から下げたシルバーのネックレスを引きちぎった。と、同時にそれはたちまちに宝杖(ほうじょう)となった。先には三日月のような鋭い(やいば)がついている。 「ひぃぃぃぃっ!」  あまりのことに、周は声にならない悲鳴をあげた。 「じじじ・・・淨さん、まずいですって・・・こんな街中で、そんな物騒なもの持ってたら、逮捕されますって」  周がそう言っているうちの、出来事だった。 「・・・・・え?」  気づけば周は、淨の持つ半月刃(はんげつじん)の宝杖で、脳天からつま先にかけてばっさりと切られていた。 「どうして・・・・・・・淨・・・・さん」  瞬間体がぐらりと傾く。 ___あぁ・・・十七年かぁ・・・人間としては短い人生だったなぁ・・・・それにしても、まさか淨さんが・・・・・でも、まぁいいか・・・学校でも誰も相手にしなかった僕を、淨さん達はいつだって対等に扱ってくれた・・・・・ 「父さん・・・・母さん・・・・さようなら・・・・先立つ息子を許してください・・・・それから・・・親孝行のひとつもできなくて・・・・」 「は?てめぇ、何言ってんだ?」 「えっ?・・・・・ぇえええええええっ!」  目を開けた周の前に、巨大化した淨がいた。 「じじじ・・・・淨さんが、でっかくなってるーっ!」 「はぁ?んなわけねぇだろがっ!てめぇを良く見ろ」 「ん?」  そう言われて自らの体を確認する。 「え?・・・・え?え?え?なにこれっ!」  広げた周の掌には、ぷくぷくとした肉球がある。体中が黒い毛におおわれていて、振り向けば尻からはご丁寧に長いしっぽまで生えていた。 「ぼっ僕が猫になってるーっ!」 「わかったらささっとあの女についていけ!」 「そっそんな・・・・僕だってばれたら・・・・」 「ばぁか、ばれるわけねぇだろうが」 「そ・・・それも、そうですよね・・・・僕、猫・・・ですもんね・・・」 「てめぇが見たもの、聞いたものがそのまま俺にも見えるから、てめぇはあの女から離れるなよ」 「・・・・・・淨さんは、どうするんですか?」 「俺はあそこで待ってる」  そう言って淨が親指で刺した先には、昭和レトロ風の喫茶店があった。つまり、周に仕事をさせて淨は高見の見物と決め込む腹つもりのようだ。 「わかったら、さっさと行ってこい」  そう言って淨は高梨沙織に向かって、猫になった周を放り投げた。 「わわわっ、ちょっとぉーーーーーーーっ!」  周はそのまま高梨沙織の足元に、ぐちゃりと落下した。猫になっても、基本的な身体能力はそうそう変わらないらしい。  「いたたたたた・・・・・・」  しこたまぶつけた腰を庇いながらなんとか立ち上がると、そこには高梨沙織がいた。
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