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伍
今日も例にたがわず、茹だる様な暑さだ。
ただ歩いているだけで、額から汗が流れてくる。
その上_____
淨の歩く速度と言ったら、まるで競歩だった。
周は黙ったまま、まるで走るが如く歩く淨の後ろを、完全なる小走りでついていく。
もう少しゆっくり歩きませんか・・・・・そう言いたいところだが、当然言えるはずはない。言おうものならどうなるか・・・・その先は言わずとも知れているからだ。
「あのぉ~、淨さん・・・・・どこへ向かっているのでしょうか・・・・」
「・・・・・・・」
当然のように、返事は帰ってこない。
____ですよね・・・・
淨は高梨沙織のことを調べる。それが目的のはずだ。
でも、だとしたら疑問が浮かぶ。
淨は高梨沙織に会ったことがない。ましてや、家など知るはずがないのだ。
それなのに、淨は今間違いなく目的を持って、どこかに歩いている。
猛烈な暑さの中既に三十分以上小走り状態の朦朧とした頭で必死に考えるも、その全てを口に出すことは恐らく許されない。それならいっそ、何も考えずについていけばいいのだが、周にはどうもそれができない。
___あぁ・・・もう限界かもしれない・・・・
そう思った時だった。淨が突然止まったので、周はその背中にまともに顔面をぶつけた。
「ちょ・・・どうしたんですかぁ。急に止まらないでくださいよぉ~」
「ぁあ?うるせぇな。おい、高梨沙織ってのはあいつだな?」
「えっ?」
淨の目線の先を見ると、そこには確かに高梨沙織がいた。
大きなマンションのエントランスで、誰かに呼び止められ話をしている。
「そ・・・そうですっ。彼女が高梨沙織です!」
「なるほどなぁ・・・・確かに空の言う通りだ。厄介なもんしょってやがる」
周は淨の背中越しに、じっと高梨沙織を見た。しかし、淨や空が言う”やっかいなもの”が周に見えるはずもなかった。
「おい、周」
「はいっ、なんでしょう?」
「お前、あいつについていけ」
「えっ?ぇええええっ! いや、無理ですよそんなのっ!」
学校で顔を合わせるだけでも、とびっきりの苛めを受けている自分が、家などに押しかけたらそれこそ次は殺されるかもしれない。周はぶんぶんと首を横に振った。
「ばぁか。誰もそのまま行けなんて言ってねぇだろうが」
そう言って淨は、首から下げたシルバーのネックレスを引きちぎった。と、同時にそれはたちまちに宝杖となった。先には三日月のような鋭い刃がついている。
「ひぃぃぃぃっ!」
あまりのことに、周は声にならない悲鳴をあげた。
「じじじ・・・淨さん、まずいですって・・・こんな街中で、そんな物騒なもの持ってたら、逮捕されますって」
周がそう言っているうちの、出来事だった。
「・・・・・え?」
気づけば周は、淨の持つ半月刃の宝杖で、脳天からつま先にかけてばっさりと切られていた。
「どうして・・・・・・・淨・・・・さん」
瞬間体がぐらりと傾く。
___あぁ・・・十七年かぁ・・・人間としては短い人生だったなぁ・・・・それにしても、まさか淨さんが・・・・・でも、まぁいいか・・・学校でも誰も相手にしなかった僕を、淨さん達はいつだって対等に扱ってくれた・・・・・
「父さん・・・・母さん・・・・さようなら・・・・先立つ息子を許してください・・・・それから・・・親孝行のひとつもできなくて・・・・」
「は?てめぇ、何言ってんだ?」
「えっ?・・・・・ぇえええええええっ!」
目を開けた周の前に、巨大化した淨がいた。
「じじじ・・・・淨さんが、でっかくなってるーっ!」
「はぁ?んなわけねぇだろがっ!てめぇを良く見ろ」
「ん?」
そう言われて自らの体を確認する。
「え?・・・・え?え?え?なにこれっ!」
広げた周の掌には、ぷくぷくとした肉球がある。体中が黒い毛におおわれていて、振り向けば尻からはご丁寧に長いしっぽまで生えていた。
「ぼっ僕が猫になってるーっ!」
「わかったらささっとあの女についていけ!」
「そっそんな・・・・僕だってばれたら・・・・」
「ばぁか、ばれるわけねぇだろうが」
「そ・・・それも、そうですよね・・・・僕、猫・・・ですもんね・・・」
「てめぇが見たもの、聞いたものがそのまま俺にも見えるから、てめぇはあの女から離れるなよ」
「・・・・・・淨さんは、どうするんですか?」
「俺はあそこで待ってる」
そう言って淨が親指で刺した先には、昭和レトロ風の喫茶店があった。つまり、周に仕事をさせて淨は高見の見物と決め込む腹つもりのようだ。
「わかったら、さっさと行ってこい」
そう言って淨は高梨沙織に向かって、猫になった周を放り投げた。
「わわわっ、ちょっとぉーーーーーーーっ!」
周はそのまま高梨沙織の足元に、ぐちゃりと落下した。猫になっても、基本的な身体能力はそうそう変わらないらしい。
「いたたたたた・・・・・・」
しこたまぶつけた腰を庇いながらなんとか立ち上がると、そこには高梨沙織がいた。
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