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弐
額のひんやりとした感覚が心地よかった。
意識は戻ったものの、体は怠い。瞼を開くことさえ面倒に感じられた。ずっしりと重く少しでも油断しようものなら、再び眠ってしまいそうになる意識をなんとか覚醒させていると、誰かの話声が聞こえてきた。
「なぁ~、淨が連れてきたガキ全然起きねぇけど、死んじゃってんじゃない?」
___いえ・・・生きてます・・・
「おーまじか」
___いや・・・だから・・・人を勝手に殺さないでください・・・・
「二人とも、バカなことを言うものではありませんよ、死んでませんって」
「でもよー、全然起きないよ?・・・・なぁ、三蔵どうする?」
「はぁ?知らねぇよ。淨が連れて来たんだ、淨にどうにかさせろ」
「なんでだよ、俺知らねぇし」
「元のとこへでも、捨ててこいよ」
淨と呼ばれた男は舌打ちをしてから、面倒そうに頭をかいた。
「んだよ・・・めんどくせぇなぁ」
その足音が周に向かって近づいてくるのを感じ、周は思わず飛び起きた。
「あ・・・・起きやがった・・・・」
周の目の前には、ひとりの男がいた。短髪で鋭い目をした男だった。VネックTシャツの袖から覗いた両腕はよく鍛えられた逞しい筋肉が印象的だ。
目は鋭く、睨まれたら命さえとられそうだ。
あたりを見渡すと、どうやら喫茶店のようである。客はいない。
「あの・・・・どうして僕はここに・・・・」
どうにか出た言葉だった。
「はぁ?覚えてねぇのかよ?」
目の前の男はいかにも面倒だというように、ため息をつくとカウンターの椅子にどかりと座った。
「うわぁっ!死んでなかったんだぁ」
店の奥から跳ねるようにもうひとり、男がやってきた。男・・・というよりも周といくらも変わらない少年に見える。Tシャツの上から緩くパーカーを羽織っている。スケボーでも持たせれば、完全にやんちゃ少年の出来上がりだ。短髪男とは対照的に、癖のある柔らかそうな髪を揺らして大きな瞳を輝かせながらまるで面白いおもちゃでも見るように、周を見ている。
「えっと・・・・あの・・・・僕は・・・・」
「君さぁ、倒れたんだよ。で、倒れた君を淨が拾って来たの」
「拾って・・・・って・・・・」
まるで子犬でも拾うかのように言われたことに少しむっとしたものの、どうやら自分は助けてもらったらしいと気づき、周は「そうですか・・・」と、目を伏せた。
「気が付いたなら出てけよ」
「えっ?」
そう言って立ち上がる短髪男を目で追いながらも、周は動けないでいた。体は怠かったが、正直動けないほどでもない。周が動かなかったのは、行く当てがなかったからだ。
いつまでも座ったまま動こうとしない周に、奥からまた違う男がやってきて周の前にカップを置いた。
「ダージリンです。飲めそうですか?」
「え?あぁ・・・・はい。ありがとうございます」
周がカップを手にすると、男は目の前に座った。長い髪をきちっと結んだ、清潔感のある男だった。先ほどのふたりに比べると随分と物腰が柔らかい。ぱりっとした真っ白なシャツに、茜色のカマーベストがなんとも大人の色気を醸し出している。
「この時間は学校のはずですが・・・・・」
痛いところをつかれ、周はびくっとした。
「なぜ、街中をうろついていたのでしょうか?」
「あの・・・それは・・・・えっと・・・・」
答えられずにいると、先程の瞳の大きな少年がぴょんと周の隣にやってきて、あっけらかんと言った。
「学校行きたくなかったか?お前、いじめられてるの?」
「っ・・・・・・」
随分とストレートな物言いに、返す言葉がない。
「黙っているところをみると・・・・、図星か?」
短髪男がカウンターから呆れたようにぼそりと呟いた。
「まぁまぁ、皆さん。彼にも事情があるのでしょうから」
先ほど周に紅茶を持ってきてくれた男が、場をとりなすように言ったが正直ここまではっきり言われた後では何のフォローにもなっていない。周はカップをテーブルに置くと、額がテーブルにつくほどに頭を下げた。
「お願いします!もう少しここにいさせてくださいっ!」
男達はいきなりの事に幾らか面食らった顔をしていたが、目の前の物腰の柔らかい男はすぐに元の笑顔に戻った。
「どうしますか?彼、困ってるみたいですよ」
「うん、別にいいんじゃねぇ?」
目の大きな少年が、面白そうに周を見ながら言った。
「っけっ!面倒なことになってもしらねぇぞ」
「面倒って・・・・淨が拾って来たんだよ?これ」
自分が『これ』扱いされていることに反論したいところではあるが、今は頼みごとをしている身だ。周はぐっと言葉を飲み込んだ。
「ねぇ、三蔵もいいよね?」
少年が店の奥に向かって叫ぶと、一段と気だるそうな声が返ってくる。
「知らねぇよ」
「うん、いいってさ」
今の会話でどうしてそうなるのか、さっぱりわからないがとりあえずはここにいることの了承を得たのだろうか。周は再び頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「で?お前、名前は?」
周が頭を上げる前に、そう聞いて来たのは少年だった。
「あ、僕は・・・・土方周といいます」
「高校生?」
「はい・・・・、藤が丘高校の二年生です」
「へぇ~、おいらは空ってんだ。よろしくな。で、こっちが戒で、あそこの柄の悪いのが淨だ」
空と名乗った少年は、椅子の上で両の足の裏をつけて人懐っこい笑みを見せた。
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