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「あの・・・・空さんも高校生ですか?」  周が遠慮がちに聞くと、淨が吹き出すように笑った。 「空ぁ、てめぇも学校に通った方がいいんじゃねぇか?」 「うっせぇなぁ」  空は淨に向かって叫んだ後で、周に向かってじっとりとした視線を向けた。 「あのね、おいらはお前よりずっと大人なわけ。一緒にすんなよな」 「は・・・はぁ・・・・」  不貞腐れてぷいっと横を向いた空は、やっぱりどう見ても周と同い年くらいに見えた。 「あの・・・・ここは喫茶店?ですか?」  客のいない店内を見渡しながら周が言うと、淨が舌打ちをした。 「んだよ、いちいち聞いてくんじゃねぇよ、追い出すぞっ」 「ひっ、すっすみませんっ」 怯える周を見て、戒がクスクスと笑いながら言う。 「まぁまぁ、淨もそんなに威嚇するもんじゃありませんよ。周君が怯えているじゃないですか。周君もそんなにビクビクしなくて大丈夫ですから。ここは・・・まぁ、そうですね。喫茶店ですね」  含みを持った戒の言い方が若干気になったものの、これ以上突っ込んで質問したらまた淨に何を言われるかわからない。周は「そうですか・・・」と身を小さくした。 「なぁ周・・・・」  周の顔を覗き込むように、空が声をかけてきた。 「お前、いつもそんなにビクビクしてんのか?」 「えっ・・・・・?いえ・・・僕は別にビクビクなんて・・・・」 「してんぞ?」 おそらく空に他意はない。ただ見て感じたことを口にしたまでだろう。しかし、周は気持ちが沈むのを感じていた。いつからだろう。いつも周囲におびえ、背中を丸くし、自分の存在を消すようになってしまったのは・・・・。 「そうかも・・・・しれません・・・・・。僕、高校に入ってからあまり友達関係とか・・・・上手くいってなくて・・・・・それで・・・・」 「あっ、やっぱ虐められてた!」 まるで出されたクイズに正解して喜ぶようにはしゃぐ空に、周は苦笑いを返す。 「今日も・・・・学校へ行こうと思ったんです。でも・・・・、どうしても・・・・」 「学校まで、辿りつけなかった・・・・」  周の言葉の先を変わって言ったのは戒だった。 「はい・・・・・」 「なぁんだよ、周は弱っちぃんだなぁ。だったらさ_____」  向かいに座っていた空が何かを言いかけた時だった。入口のドアにつけられた鐘が音を立て、誰かが入ってきた。  入って来たのは男だった。見た感じ五十代と言ったところだろうか。でっぷりと腹が突き出している。ぎょろりとした目玉に突き出した唇はへの字に歪んでいる。あまり好感は持てない。  すぐに立ち上がったのは戒だった。穏やかな笑みを浮かべて男を席へ案内する。しかし、空も淨も座ったままで特に動く気配はない。 「アイスコーヒー!」  太々しく言う男に、戒は柔和な笑み浮かべ頷いた。 「あの・・・・空さん・・・・」  周は思わず、身を乗り出し小声で空を覗き込むように言った。 「お客さん・・・・いいんですか?」 「へ?なにが?」 「何が・・・って、ここ、喫茶店ですよね?あの・・・・お仕事的な・・・・」 「あぁ~、うん大丈夫じゃね?」 「いえ・・・でも、アイスコーヒーって言ってましたよ?」  戒も席に案内したはいいが、注文されたアイスコーヒーを作るわけでもなく、カウンターに座る淨の隣に座ってしまった。そのまま、淨と不躾ともいえるほどに、客をじっと見ていた。 「それなら、もう」 そう言って空が顎で客の方を指した。 「えっ?」 周がそっと振り返って、先程入ってきた男の席を覗き込むと、そこにはきちんとアイスコーヒーが置かれていた。 「えっ?いつの間に?でも・・・・誰が?えっ?ええっ?」 訳が分からずに混乱していると、つかつかと歩いてきた淨に拳骨を貰った。 「てめぇ、うるせぇんだよ。少しは黙ってろ」 「っ・・・・・ぅうっ・・・・・はい・・・」 周は両手で頭を抱えながら、頷いた。 「空」 「うん」 淨はそのまま空を連れてカウンターに戻った。空はカウンターの中から淨と戒の向かいで、やっぱり件の男を凝視している。 「なぁ、あいつがそうか?」 「でしょうね・・・・」 「あの膨れた腹の中が、全部腐ってやがると思うと反吐がでるぜ」 客を見ながらあまりの物言いに周は内心ひやひやしていた。決して小声で話しているわけではない。なんなら、件の男にも彼らの声は聞こえているだろう。しかし、男はまるで彼らの声など聞こえないかのように、胸ポケットからスマホを取り出すとどこかへ電話をし始めた。 「あぁ、俺だけど・・・・・・あの件はどうなってる?え?・・・・・お前さ、何回言えばわかるんだ!だからお前はバカだって言うんだよ!お前みたいな奴に給料払ってるかと思うと、本当に嫌になるんだよ!」  会話の内容から、おそらく件の男は会社経営者だろう。従業員との会話だろうが、男の物言いはあまりに酷かった。そもそも他に客がいないからと言って、喫茶店の中であんなに大声で電話をするものだろうか。  見てはいけないとは思ったが、好奇心の方が勝った。周は自分が座る椅子の陰から男をじっと見ていた。 「お前のような働き方、どこだって通用なんてしやしねぇんだ。使ってやってるだけでも有難く思えっ、あぁ、そうだ。今月の給料だけど、半分だからなっ!・・・・あぁ?生活できねぇ?んなこと、知ったこっちゃねぇんだよ。金が欲しけりゃ契約取ってくりゃいいだろうがっ。まともな仕事もしねぇで、給料だけ貰おうなんざ、甘いんだよ。てめぇみてのを、世の中じゃ給料泥棒ってんだよ!」  男は最後ほぼ一方的に話して電話を切った。  まだ高校生の周には、世の中のことはよくわからない。しかし、こんなに簡単に給料が半分になっていいものだろうか。あまりに理不尽ではないか。そうは思うものの、周にどうすることもできるわけがない。釈然としない思いを抱えたまま、男を凝視し続けていると、男の周りでなにやら空気が動いたような気がした。 「え・・・・?」  気のせいかとも思った。  目を何度となく擦り、再び件の男へと視線を向ける。 「・・・・・・・っ!」  次の瞬間、思わず周は叫びだしそうになるのを寸でのところで飲み込んだ。  男の周りに、見たこともない者達が群がっていたのだ。
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