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参
「はぁ~、外あちぃ~!夕方だってのに、全然温度下がんないよぉ。戒、冷たいジュースくれ」
まるで学校帰りの小学生のようだと、周は思った。
カウンターの中からオレンジジュースを差し出した戒の手から乱暴にそれを取った空は、一気に呑みほした。
「あれ?三蔵、起きてたの?」
「あぁ?まぁな」
空はぴょんと三蔵の隣に腰を下ろした。
「で?仕事はきちんと済ませてきたんでしょうね?」
「あぁ、けどさ・・・・」
そういうと空は、再び椅子からぴょんと立ち上がると寝ている淨の腹の上になんの躊躇もなく飛び乗った。
「淨っ!行ってきたぞ。いいもん、くれよー」
淨は煩そうに半目を開けると、空をみてうんざりしたような顔をした。
「んだよ・・・・もう、戻って来たのかよ」
「あぁ、だからいいもんくれっ!」
淨は空を押しのけると体を起こし、頭をがしがしとかいた。
「報告が先だろうが」
「えぇーっ!」
納得はしていないものの、空はしぶしぶと言った様子で再び三蔵の隣に移動すると、話始めた。
「あのおっさん、そうとういっちゃってるね」
「でしょうね・・・あれほど迄に身に餓鬼を纏わり憑かせているのでしょうから・・・」
戒が苦笑いしながら、三蔵の差し出した空のグラスに酒を継ぎ足した。
「不動産関係の仕事をしているみたいだけど、会社の方は全然まわってないよ。少し前まではあのおっさんに協力してくれる人たちもいたけど、誰彼かまわず暴言を吐いたりするもんだから、今じゃそう言った人たちもみんないなくなったみたい。そんな状況で会社が立て直せるわけもなくってさ、どんどん深みにはまってるみたいだけど、当の本人はそれを全部周りの人間のせいにしてるね。最近はわずかに残った従業員名義で土地や物件を買いあさってるみたいだよ」
淨があからさまに嫌な顔をする。
「まぁ、慢過慢の典型・・・といったところでしょうか」
「あの・・・・」
黙って聞いていた周は思わず口を開いていた。
「慢過慢って・・・なんなんですか?」
周の疑問に答えたのは三蔵だった。
「慢過慢っていうのはね、人間の持つ煩悩のひとつだよ。周りの人間に対して自分より能力が劣っていると決めつけて振る舞う。相手がどんなに優れた人物であってもね・・・・」
周はなるほどと頷いた。しかし、そのような思い込みは誰にでもありそうだ。それが身を亡ぼす程になるとは、考えにくかった。
「なぁに、あからさまに意味がわかんねぇみてぇな、顔してんだよ」
淨が向かいの席から、眉を顰めて周を見ていた。確かにそうは思っていたが、そんなに顔に出ていただろうかと、周は俯いた。
「さっきも言っただろうが。煩悩ってやつはどんな人間の中にもあるんだよ。もちろん、慢過慢もな。けど、あのおっさんみてぇにそれを肥大化させるかさせねぇかは、そいつ次第なんだよ」
「はぁ・・・・・ということは、あの男の人が自らの煩悩を肥大化させたから、あの餓鬼たちがあんなにも寄ってきたと・・・・そういうことでしょうか?」
「まぁ、単純に言うならそういうこった」
なんだかんだ言って、随分と丁寧に説明をしてくれた。淨という男は、見た目があまりにもチンピラっぽいが、案外いい人なのかもしれないと周は思った。
「それじゃぁ・・・・あの餓鬼たちに取り憑かれたことで、あの人は・・・今破滅に向かっているということですね?」
「はぁ?お前バカなの?」
___さっき、淨さんを一瞬でもいい人だと思ったことは、なかったことにしよう・・・
「いえ・・・だって、あんなものが取り憑いていたら・・・・・誰だって正気をなくしてしまいそうじゃないですか・・・」
周は抗議するように、口を尖らせた。
淨は心底呆れた風に、周を見た。
「言っただろうがぁ。そもそも煩悩を肥大化させるのは人間自身なんだよ。その肥大化した煩悩に餓鬼が群がる。汚ねぇとこに虫が湧くのと一緒で、汚くするのも、煩悩を肥大化させるのも人間自身なんだよ。わかったかっ!」
見ていた空がカラカラと良く通る声で笑う。
「周、お前ってバカだったんだなぁ。そんなの俺だってわかるぞぉ」
___いや・・・だって、仕方がないでしょ・・・そもそも餓鬼だって、今さっき生まれて初めて見たんだから・・・・
そう抗議したいのを、周はぐっと抑えた。抗議などしたら、淨から何倍にもなって帰ってくるような気がしたからだ。
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