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普通ってなんだ?
私には普通という言葉が見当つかない。
私には、普通とは言い難い部分が二つある。らしい。今パッと思い付いたものだ。
1つが身長160センチであること。男の中ではずいぶん低い身長に当たると思われる。
2つは会話を交わす友達が少ないこと。片手の指で数えられる程度である。
つまりもう10センチほど身長が高く、片手の指で数えられぬ数の友達がいれば「普通」の人間に近づくのだろうか。
ではここに、私よりも10センチ背が高い170センチの体を持ち、友達が5人以上いる人間を用意してみよう。
名前は。そうだな…
『佐藤 アンディー 太郎』とする。
佐藤アンディー太郎は朝7時に目を覚まし、洗顔・歯磨きを済ませて制服の袖を通し母親の佐藤アンディー静子と、父親の佐藤アンディーボクプルヘイズと挨拶を交わし食卓につく。
朝食を終え学校に向かう。途中で友達の1人と会い、パズドラのフェスで何のモンスターが引けたかについて話を盛り上げる。
教室について、さらに数人の友達と挨拶代わりの会話を交わす。
その後は退屈な授業と休み時間の談話を繰り返し、放課後は部活に勤しみ、友達と週末の遊びの約束を作り家に帰る。
全くの想像で恐縮だが、これが普通であろうか?何かオカシな部分があればぜひとも遠慮なく茶々を入れていただきたい。
しかし、本当にこれが普通だろうか?
私はついさっき、普通の象徴とした佐藤アンディー太郎は身長170センチとしたが、本当にこれが普通なのか。
日本人男性の平均身長は170センチぐらいだから、今はこれが普通かもしれないが、100年ぐらい前は多分違っただろう。
ググってみると100年前の日本男性平均身長はなんと160.6センチ。私と同じぐらいだった。
未来でも同じことで、今とは平均身長が変わっているだろう。50年後には平均身長が170センチでなくなる。
つまり、佐藤アンディー太郎が普通ではなくなってしまうのか。彼が。普通であることがアイデンティティの彼の存在意義が消えていく。「長生きしろよ」なんていいながら、どこか寂しげにはにかんで天に上っていく。
ついでに彼はさっきパズドラのガチゃを引いたことについて友達と話していた。
今の若者には普通の光景かもしれない。しかし、10年前ぐらいにはパズドラなんて無かった。10年前にパズドラのガチャの話をしていたら異常者なんである。
つまり普通とは時代や環境によって変わっていくんである。私たちに一番馴染んでいると見せかけて、ものすごく曖昧な存在だ。
とんだキレモノである。
全く、普通とはなんなのか見当がつかない。
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