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第一章 秋来たりなば
♤
「えー、これより第八回伊東秀和告白計画会議を始めたいと思います」
「異議あり」
俺は手を高く挙げ、司会の勝手な進行を差し止めた。
「目的は告白ではない。俺はただ彼女と話がしたいだけだ」
「異議を却下します。つーか伊東ちゃんよ、その異議何回目か分かってる? 八回目だよ? 毎回そんなだから話進まねーの。お分かり?」
司会の宇佐美雄一はそう言って深くため息をついた。黒に近い茶髪、カチューシャ、微妙に下げたズボンから半分はみ出たシャツの裾。宇佐美は生徒指導の境界線ギリギリを攻めながら生きている。
我らが私立城東高校は名古屋市内でも屈指の進学実績を何とか保っている自称進学校であり、風紀の乱れには少しうるさい方である。伝統ある公立の進学校では逆に校則が緩いと聞く。無理に縛らずとも生徒が自律できるからだろう。
「もういいから今すぐ隣の教室行って『天城さん好きです』って叫んできなよ。昼休み、あと十五分で終わっちゃうし」
小室和樹はスマホから顔を上げずにそう言った。小室は中性的な顔立ちをした男である。低めの身長に柔らかな表情も相まって、多くの女子と一部の男子から『可愛い』ともてはやされている。
一年一組の教室には男子、女子それぞれのグループがあちらこちらに散らばっている。城東高校の男女比はおよそ四対六。入学当初の自己紹介で宇佐美は『女子が多いから入学しました』と言い放った。後に小室は語った。『偏差値でバカは計れないんだよ』と。
「しっかし伊東ちゃんが天城さんとはねー。期末テスト学年一位と二位って、足したら偏差値いくつだっつーね」
「堅物の伊東とナチュラルボーンお嬢様な天城さん。こうしてみると案外お似合いかもって最近思えてきたよ」
「つーかさ、ぶっちゃけ俺二人がつきあってるとこ想像できないんだけど。デートとかどこ行くの? 予備校?」
「自習室で落とした消しゴムに伸ばした手が触れ合って心臓がトクンとするんじゃない?」
などと好き放題言っていた小室が、ふと俺の方を見た。
「って、夏休み明けから毎日のように会議してるけどさ、ぼくや宇佐美にできるのって結局は応援だけなんだよね。伊東が自分で動かないと始まらないよ」
九月も半ばである。暑さは薄れている。輝く夏は頭上にない。
もうすぐ木の葉枯れ落つる冬が来る。
「……そうだな。よし、行ってくる」
俺は席を立ち、教室のドアに手をかけた。
宇佐美の「いってらー」という気のない声と、小室の「骨は拾ってあげるよ」という心ない言葉に背中を押され、俺は廊下に足を踏み出した。
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