第三章 旅立ちの日に

2/7
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
♢  一体全体何がどうなっているのか、私にはまるで理解できませんでした。  目の前に並ぶ自動改札がどちらも塞がっています。  塞いでいるのは同じ学校、同じ学年の男子生徒二人です。隣のクラスに属する小室さんと宇佐美さん。直接会話を交わしたことはありませんが、お顔はよく存じあげています。しばしば伊東さんと行動を共にされている方々です。  ……訂正します。元同じ学校、元同じ学年でした。先週を以て、私の城東高校での生活は終わりを告げました。いえ、終わらせたのです。  週末のうちに大凡の荷物は叔母の許へ送り、今日は小さめのキャリーバッグ一つで家を出ました。八事(やごと)駅から地下鉄に乗り、御器所駅を素通りしました。先週まではそこで下車しておりました。今はJRへ乗り換えるため鶴舞駅におります。  乗り換えようと、しているのですが。  入場用の自動改札機は二台。小室さんと宇佐美さんはカードを持った手を繰り返し改札機に叩きつけています。その度に改札機は甲高い警告音をがなりたてます。お二人はちらりちらりと私の方を顧みております。  何事かと検めるため改札に近づいてみます。 「おかしいなー、通れないぞー」  小室さん、残高が足りていないそうですよ。 「こっちもだー、俺自転車通学だからよく分かんないなー」  宇佐美さん、青と黄色を基調としたそのカードは、ポイントが貯まるあのカードではないでしょうか。  お二人は仄かに頬を赤く染めております。小室さんは私と目が合うと気恥ずかしそうに視線を逸らせました。宇佐美さんは「何か楽しくなってきた」と脇目も振らずにカードを叩きつけています。  と、そうこうしているうちに他のお客様が近づいてまいりました。老齢のご婦人です。改札が塞がっているのを見てまごついていらっしゃいます。 「あの、迷惑になっていますよ」  そう呼びかけると、小室さんと宇佐美さんは「やべ」と慌てて改札から離れ、「どうぞ」と畏まって道を譲りました。 「はあ。どうも」  と、老婦人は恐縮しながら改札を通り抜けて行きました。  私も「どうも」とさり気なく後に続きます。 「おおっと残高がー」 「俺のポイントがー」  駄目でした。改札口に滑り込むお二人の身のこなしは尋常ならざるものでした。人としての尊厳をかなぐり捨てたかのようです。  そして再び警告音が鳴り響きます。繰り返し絶え間なく輻輳します。  その音が人を呼び寄せたとしても無理からぬことといえましょう。  彼方より制服姿の駅員さんが小走りにやってまいります。 「ちょっといいですかね、他のお客さまのご迷惑になりますんでね、こっち出てもらってね、はい、はい」  初老の駅員さんは、改札から出るよう、有無を言わせぬ熟れた口調で促します。お二人が顔を見合わせていると、駅員さんは「あー、ちょっとね、こっち来てもらえますかね、はい、話は向こうで聞かせてもらいますんでね、はい」と腕を掴んで改札から引き剥がしました。  小室さんが縋るように私の顔を見ます。宇佐美さんは「天城さん助けてヘルプ!」と私に腕を伸ばします。  私にどう説明しろというのでしょう。思わずため息を零してしまいました。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!