第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

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「……ま!……んさま!!………グラン様!!」 「ん……」 「グラン様?!よか…良かったぁ…」 「ティーシャ…?」 「うぇーん!良かったよぉー!」 「良かった。ティーシャも無事だったのか…」 「ひっく……ひっく…」 「ほら、僕はもう大丈夫だから。泣くな。」 「ひっく……ふぁい……」 「いてて…体中が痛いな…ティーシャはいつから起きてたんだ?」 「今起きた所です…起きたらグラン様と一緒にいて…」 「そうか。」 「お母さん…ふぇー!!」 「………ティーシャ。これからは僕達だけで生きていくしない。」 「ひっく…ひっく…」 「必ず…絶対に生き残って必ずアイツらを……」 「ふぇーーん!!グランさまー!!」 凛は大粒の涙を流して泣き始めてしまった。 仕方ない事だと思う。僕だって泣きたい程辛い。 でも、そんな事をしても変わらない。状況は良くならない。 よく分かっていた。 父様がいつも言っていた。 (グラン。どんな事があっても諦めるな。絶対にどこかには突破口があるものだ。辛くても泣きたくても、歯を食いしばれ。状況を見て、突破口を探すんだ。) 「父様……」 「ひっく…ひっく…」 「ティーシャ。とりあえず僕達がどこにいるのか知らなきゃならない。 あの鎧はジゼトルスのものだ。他の国の偽装かもしれないけど、どちらにしても人が居るところには行けない。」 「そんなぁ…」 「泣くな。僕がついてる。大丈夫。」 「うん……」 「よし。とにかく寝る場所と食べ物、水は川があるからなんとかなるはず。」 そこから凛と2人のサバイバルが始まった。 僕は魔法が制御出来ない。 凛は使えるが威力は無い。 そんな2人、しかも子供が森の中で生きていくのは辛いものだった。近場に小さな横穴のある岩場を見つけてそこを拠点とした。 最初は全く何も捕まえられなくて水を飲んで空腹を凌いだ。 よく分からない草も食べたし虫だって食べた。 もちろん最初は凛が嫌がった。 それでも食べなきゃ死ぬ。 無理矢理口の中に入れて飲み込ませた。 プーリーさんが託したんだ。僕に。ならばどれだけ嫌われようとも僕が守ってみせる。 そんな生活をしていると子供でもそれなりに魚や小動物は捕まえられるようになってくる。 強いモンスターがいなかった事も良かったのだろう。 最初は嫌がって泣いていた凛もいつしか泣かなくなり、一人で獲物を取ってくる様になった。 どれくらい森の中で過ごしたかは正直覚えていない。 短くは無かったが、正確な期間までは分からなかった。 魔法を制御しようと練習もしていた。この力があれば仇を取れる。 服もボロボロになり穴だらけ。泥やなんかで真っ黒になっていた。 もちろん川で水浴びはするし服も洗うが綺麗さっぱりとはいかない。 自分達がどの辺にいるのかは一向に分からなかった。 どれくらい流されてきたのかも分からなければ近場に人工的な物は一切無かった。 兵士達が探しに来るかと最初は怯えていたが、それも無かった。 そんなある日のこと。 水辺で魚を捕まえようと2人でいた時の事だった。 ガサガサ。 近くの草が揺れた。 野生の動物やモンスターでは無い。 僕は直ぐに凛を庇うようにして移動した。 「ぷはーー!!!川だぁーー!!助かったーー!!」 「………」 そこに現れたのは兵士ではなく、物凄く大きな帽子と杖を持った女性だった。 体中に葉っぱがくっついて間抜けに見える。 川に近付いて両手で水を掬い飲み始めた。 「ゴク…ゴク……はぁ……助かったー…………ぅえ?!」 「……」 「こ、子供?!こんな所に?!」 「近寄るな!!」 「ま、待って待って!何もする気なんて無いからね?!」 「………」 「うーん……えっと、私はフィルリア。フィルリア-ラルフ。僕達はなんて名前かしら?」 これがフィルリアとの初めての出会いだった。 「………」 「えーっと……私はちょっと迷ってしまって…あはは……何があったのか分からないけど…こんな所で何をしてるのかしら?」 「……うるさい。寄るな!!」 「私は何もしないわ。ほら、杖も置くわ。絶対に何もしない。」 「……」 「私は学校の教師よ。休みでハイキングに来たのよ。大丈夫。何もしないわ。約束する。」 目の前で母様を殺された僕に人を信じる事なんて出来るはずも無かった。 それは凛も同じ。 普通はそんな子供がいたら避けるか知らぬ振りをするものだ。 無理に近付いて来る奴は奴隷として捕まえようと考えているか、あの兵士達の仲間くらいのはず。 そう考えていた。 とにかく凛を守る。 それしか頭には無かった。 「大丈夫。大丈夫よ。」 少しずつ近付いてくるフィルリア。 「来るなーー!!!」 思わず放った特大の炎魔法。 最近はある程度制御出来るようになってきていた為自爆なんて事にはならなかったが、思ったよりも大きな魔力を使ってしまった。 殺した。殺してしまったと思った。 バギィィン!! 何かが割れる音と共に爆煙が上がりその中から火傷だらけのフィルリアが両手を伸ばしてきた。 殺される! そう思った僕をフィルリアはそっと抱き締めた。 「怖かったのね。大丈夫よ。もう大丈夫。」 凛も一緒に抱き締めて火傷だらけの手で強く抱き締めてくれた。 ずっと緊張していた。母様の死に際を毎日夢に見た。 怖かった。 人が、いや、この世界が。 そんな時に自分が怪我をしてまで抱き締めてくれたフィルリア。 何かがプツリと切れて凛と一緒にフィルリアの腕の中でわんわん泣いた。 「大丈夫。大丈夫よ。もう大丈夫。」 そうずっと耳元で優しく言い続けてくれた。 「その…ごめんなさい。怪我…」 「これ?大丈夫大丈夫!ほら!」 「回復薬?」 「そ。これでほら!綺麗になった!」 「でも、服もボロボロ…」 「服なんてまた買えば良いんだから気にしないの!それより何があったのか話してくれる?」 泣き止んだ僕達と並ぶ様に座ってそう聞いてきたフィルリア。 最初は話す事を躊躇ったが、話すべきだと全てを話した。 父様のこと、母様のこと、プーリーのこと、流されてきた後のこと。 全て。 何故かフィルリアには全て話していた。 この人には勝てないと思ったからなのか、その優しさがそうさせたのか。 気付いた時には既にフィルリアを信用していた。 「そう……凄く……怖かったわね。二人共今までよく頑張ったわね…」 「ありがとう。でも、もう大丈夫。僕達は人のいる所には行けないから。ここがどこだか分かったからこれからはもっと慎重に行動するよ。」 「ダメよ!そんな事!」 「え?」 「わたしがなんとかするから一緒に来なさい!」 「な、なんとかって…」 「大丈夫よ。必ずなんとかしてみせるから。」 かなり強引な話だが、結局引っ張ってでも連れていくと言われて街に連れていかれた。 フィルリアは僕と凛の服を用意してくれて着替えた後、甥と姪という話で街に入る事が出来た。 直ぐにフィルリアの自宅に向かった。 豪邸!とまではいかないけどそれなりに広く一人で住むには大きく感じるくらいの家ではあった。 そんな家を持っている人なんてそんなに多いものでは無い事くらい子供の僕にも分かった。 不思議そうにしていたら、フィルリアは自分の事を話してくれた。 元冒険者でそれなりに名も通っていたこと、そのお陰でお金には困っていないこと、子供好きで教師になり、今はハスラーの教師として教鞭を振るっていること。 「教師って本当だったんだね。」 「嘘だと思ってたのかしら?」 「うん。安心させる為に…」 「まぁいきなり近付く人なんてなかなか信用出来ないわよね…でも。私は絶対にあなた達二人には嘘をつかないわ。」 「なんで?」 「なんでって…」 「ううん。なんでそんなに優しくしてくれるの?」 「……なんでかな?単純に子供が好きなのよ。多分ね。自分でも分かってないわ。」 「フィルリアには得は無いでしょ?」 「そんな事ないわよ。好きな時にこうして抱き締められるしね。」 「……」 「それに、グランの魔法は凄く不安定だわ。」 「?!」 「これでも教師よ。あなたの魔力の事についてくらいは分かるわ。 とても強い魔力を持っているのね。」 「!!」 「警戒しなくて大丈夫よ。ただ、大変だったでしょ?」 「………うん……」 「あなたには魔法の才能がある。それは確かよ。でも、今は怒りや憎しみでその心が一杯になってしまっているの。」 「……うん…」 「あなたの魔法は酷く攻撃的。そんな魔法を使うなんて、私は悲しい。」 「なんで?」 「確かに魔法はあなたの恨みを晴らす為にも役に立つかもしれないわ。きっと誰よりもあなたは魔法に愛されているから。」 「ならこの力で…」 「否定はしないわ。私はグランじゃないし、ティーシャでもない。あなた達の悲しみも憎しみも私には分からない。だから、それを望むのであれば復讐も出来るかもしれないわ。」 「……」 「でもね。それはきっとあなた達のお母様やお父様は望んでいないと思うわ。」 「なんでそんなこと!」 「私がもしあなた達の親ならそんなこと望まないもの。ただ幸せに生きて欲しいだけ。」 (グラン。生きなさい。必ず生きて。私達の願いはそれだけよ。愛してる。何よりも…誰よりも。) 母様の最後の言葉。 そして最後まで僕達に微笑みかけていた。 きっとフィルリアの言うことは正しい。 でも……憎い。 「憎しみを捨てろとは言わないわ。そんな権利は無いもの。でも、抑えてみて。少しだけで良いの。」 「抑える…?」 「えぇ。グランは誰よりも優しい。ティーシャを守る為に恐怖を抑えて私の前に立ったあなたを見てそれは直ぐに分かったわ。 そんな優しいグランがあんなにも悲しい魔法を使うのは…寂しいわ。」 「………魔法は僕にとって破壊の手段でしかないよ。」 「…そうね。私のクリスタルを破壊したあの力は絶大だと思うわ。 でも、魔法はそれだけじゃないのよ。人を救ったり幸せにしたりも出来るのよ。」 「そんなこと出来るわけない。」 「出来るわ。」 「出来ない!!」 母様達を焼いた。そんなものに優しさなどあるものか。 「……来なさい。」 静かだが、しっかりとした声でフィルリアに言われた。 怖い感じはしなかった。 僕とティーシャはフィルリアの後に着いていく。 「ティーシャは無口ね。」 「グラン様の事を信用していますので。」 「……そう。」 少し悲しそうな顔をしたフィルリアは僕とティーシャをある場所へ招いた。 それはフィルリアの家の庭だった。 それ程大きくは無いが、小さな花壇が作られていた。恐らくは紅茶だろう。 いつの間にか日は陰り、外は暗くなっていた。 三日月が溢れる様な光を落とし、その光に集まってくる様に星々が瞬いていた。 「綺麗でしょ?」 「これを見せるために?」 「いえ、違うわ。ちょっと自慢したくなっちゃっただけ!」 イタズラを成功させた子供の様に笑ってみせたフィルリアは庭に向かって不意に杖を掲げる。 その瞬間に庭一面が霧に覆われる。 火魔法と水魔法を同時に発動して作り出した霧だ。 「なっ?!」 「さ、座って座って!」 驚く俺と凛を座らせる。 「それでは、始まり始まりー!」 そう言うとフィルリアが杖を少しだけ動かす。 ただ充満していた霧がスススッと動きだし、美しい女の人を作り出す。 そしてフィルリアが静かに語りだした。 内容はどこかの国の昔話とよく似ていた。 賢者の贈り物。 愛し合う男女が自分の一番大事な物を犠牲にして金を作り相手が一番大事にしているものに合うプレゼントを用意する。 しかし送ってみると相手は既にそれを金に変えていたからプレゼントだけ浮いてしまうというお話だ。 最後はその大切な物を買い戻して一件落着という流れなのだが、それを全て霧を魔法で動かして行う。 まるで本当にそこにその女性と男性がいるかのように。 フィルリアの演技も入りながら物語は順調に進んでいき、最後を迎え、霧が晴れる。 俺と凛は完全に惹き込まれていた。 「馬鹿だよ。最初に確認しておけばそんな事にはならなかった。」 「そうですね。私もそう思います。」 「ダメダメー。相手の驚いてから嬉しそうな顔を見たいから黙って用意するのよ?先に確認してしまったら驚いてくれないじゃないの。」 「驚かせてどうするの?」 「これから先、本当に大切な人にプレゼントを送る時になんでそんな事をするのか分かる時がくるはずよ?」 「そうなの…?」 「そうよ。大切な人の驚いた顔が見たいってだけだもの。それ以外に理由なんて無いわよ。」 「……」 俺と凛は当たり前の様に物語の内容についてフィルリアと話していた。 魔法自体の凄さなんてまるで無かったかの様に。 この時既にフィルリアの術中に嵌っていたのだ、 この魔法は相手を傷つけるでもなく、相手を不快にさせるものでもない。 むしろその逆だ。 話の途中凛の目はキラキラしていた。 その顔を見た時にフィルリアの言いたいことが少しだけ分かった。 相手を傷つけるのではなく、こんな顔を増やす為にこそ魔法はあるべき。と言いたいのだろう。 それはフィルリア自身がこうして証明してくれた。 確かに魔法は強力な武器だ。 極めれば戦果は計り知れない。でも、こんなにも優しい魔法があるという事もまた事実だ。 「グラン。ティーシャ。魔法は優しいものでもあるのよ。」 そう言ってウインクしたフィルリアは僕とティーシャをそっと抱き締めてくれた。 それから僕と凛、主に俺はフィルリアから魔法を一から教えて貰った。 一通りの基礎を学んではいたが、魔力が多すぎる僕にとって普通の教えでは足りなかったらしい。 フィルリアはそれに気が付いて魔力の制御と使い方を教えてくれた。 「グラン。あなたはどんな魔法が使いたい?」 「どんなって……」 「良い?今世の中に出回っている魔法というのはグランよりもずっと魔力の少ない人達が考えた魔法なの。 だからグランみたいに魔力の大きい人がその魔法を行使しようとすると不安定な魔法になってしまうのよ。 制御が上達したならそれも可能となるけど、今のグランには無理。だからまずは魔力の大きなグランが使える魔法を使って、魔法を安定して使うという感覚を掴むのよ。」 「そおだったんだ…」 「でも、そんな魔法となると出回っている魔法の中ではずっと高位のものになってしまうのよ。」 「大規模な魔法ってこと?」 「えぇ。そうなってしまうと練習なんか出来ないでしょ?」 「こんな所でそんな魔法を使ったら…」 「街ごと吹き飛んでしまうわ。そこで!先ずはどんな魔法を使いたいのか考えてみましょ。」 「うーん…… フィルリアが使ってたクリスタルのシールドが作ってみたい。」 「クリスタルか……あれは私にしか使えない魔法なの…」 「そうなの?」 「土魔法の一種なんだけれど、土の中にある1つの成分だけをイメージするのよ。 ただ、これを作るにはそれなりのイメージと魔力が必要になるの。」 「土の中にある成分……」 ピキピキ 気が付くと俺の目の前に小さなクリスタルの結晶が現れていた。 「えぇ?!」 「な、なんか出来た…」 「す、凄いわ!まさかいきなり出来るなんて!!」 「でも小さいよ?」 「出来ることが凄いのよ!他の人にどれだけ説明しても欠片も出来ないのよ?!グランすごーい!!」 「そ、そうなのかな?」 「凄いのよ!グランはきっとイメージをしてからそれを魔法に変えてみるってやり方が合ってるんだと思うわ! これからどんどん練習してみましょ!」 フィルリアの何かに火がついたのかそれから色々な魔法をフィルリアと一緒になって練習した。 昼間は教師として働き、それが終わると直ぐに帰ってきて練習の毎日。 とはいえそれなりに心得があったのも助力になり直ぐに色々な事ができる様になった。 制御はまだ完全とは言えないにしても暴走することは完全に無くなった。 「はぁ…なんか二人共日に日に魔法が上手くなって寂しいわー。」 「え?」 「なんでもなーい。それよりティーシャと一緒に居ないなんて珍しいわね?」 「ちょっとプレゼントを作ろうと思ってさ。」 「プレゼント?」 「ここに来た時フィルリアが見せてくれた物語。覚えてる?」 「えぇ。もちろんよ。」 「その時に話してくれたよね。驚く顔が見たいだけって。なんとなく分かったかも。」 「はっ?!まさかティーシャに?!」 「ま、内緒でね。」 「ぐぬぬー!ティーシャめー!」 「よし。できた!」 「花?」 「前に違う世界を覗く魔法作ったでしょ?あれ使って見てた世界で見つけた花なんだ。鈴蘭…だったかな。」 「綺麗ね?」 「うん。で、これはフィルリアに。」 「え?」 「驚く顔が見たいと思ったのはティーシャだけじゃないよ。フィルリアの驚く顔も見たかったんだ。」 「……………グランーーーー!!愛してるわーー!!!」 「ちょっと!そんなに抱き締めるとうぷっ!」 「はぁ…私グランと結婚するわ。決めた!」 「あはは…それ、ブローチになってるから、まぁ好きに使って。ライラーとしての初作品だから不格好かもしれないけど…」 「宝物にするわ!ありがとう!」 「分かったってば!抱き締めると苦しいから!」 「ぶーぶー!」 「ティーシャのところ行ってくる!」 「あー!グランー!」 俺は蓮の髪飾りを持って凛の元に向かった。 凛には庭に出て一人で魔法を練習する様に言っておいた。 ここに来てしばらく経つ。あまり気にしていなかった…というかそんな余裕が無かった。 目前で自分の唯一の肉親である母親を殺され、知らない場所、しかも森の中に放り出され獣と変わらない生活。 そんな厳しい状況で頼れるのは隣にいる僕だけ。 守らなければと思ったし今でも思っている。でも、凛がいたから僕だって救われた。 落ち着いてきた今だからこそそれが身に染みて分かる。 凛は魔法を使わず、庭をぼぅっと眺めていた。 「ティーシャ。どうしたの?」 「あ、グラン様。 いえ、その……ここに来た時のことを思い出していまして…」 「そっか…大変だったもんね。」 「……私は…グラン様にとって足でまといですよね…」 「え?急になにを?」 「魔力は少ないですし…何も出来ません…グラン様に助けられてばかりです…」 「そんな事考えてたの?」 「……」 「そんな事は無いんだけどな…僕なんて身の回りの事なんか全然だし、僕としては逆にティーシャに助けられてばっかりなんだけどな…」 「グラン様はやればなんでも出来ると思います。身の回りの事だって…」 「どうかな…分からないけど…これからもティーシャが居てくれるから別に出来なくてもいいかな。」 「え…?」 「そうでしょ?僕にとってティーシャはもう居ないなんて考えられない存在になってるからね。 逃げてきた時もティーシャが居てくれたから助かった部分も大きいし。 だから…ありがとうって事と、これからもよろしくねって事でこれを作ってみたんだ。受け取ってくれるかな?」 「こ、これは……」 「蓮って言う花なんだ。水面に咲く花で凄く綺麗なんだよ。それを見た時に何故か凛を思い出してさ。髪留めにしてみたんだ。」 「……」 「まぁちょっと不格好かもしれないけど…貰ってくれたら嬉しいな。」 「不格好なんて…そんな事ありませんよ……私は……私は幸せです……」 急にポロポロと涙を流し始める凛。 嬉し涙だと分かっていてもやっぱり涙を見ると少し焦ってしまう。 「ありがとうございます……」 「うん。」 凛は髪留めを綺麗な黒髪に着けると涙を拭って笑顔を見せてくれた。 それから少しの間フィルリアの家に厄介になっていたが、ずっとと言う訳にはいかない。 フィルリアのお陰で、魔法や魔道具の開発からお金もいくらか稼ぐ事が出来た。 そのお金でフィルリアが選んだ家を1軒買ってそこに凛と2人で住むことにした。 「別にここに居てくれて本当に良いのよ?」 「ありがとう。フィルリア。」 「……分かったわ。でも!定期的に見に行くわよ?」 「それは構わないよ。いつでも来て。外には出られないからフィルリアの顔が見れると嬉しいしね。」 「くぅーー!グランーー!!」 「フィルリアさん。ありがとうございました。」 「えぇ。ティーシャ。あなたもよく頑張ったわ。大変だったしこれからも大変だろうけど、諦めてはダメよ。」 「はい。」 最後に2人まとめて抱き締められるとフィルリアは去っていった。 あんな先生なら学校にも行ってみたかったな。 これが、フィルリアとの最初の思い出だった。
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