第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

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「バタバタしてて聞き忘れてたけど、名前は?」 「リーシャ…と申します…」 「リーシャか…どっかで聞いた事がある様な……」 「エルフには珍しくない名前なので…」 「そうなのか?ならどっかで聞いたかもな。」 「強化魔法が使えるって言ってたけど?」 「はい。妨害魔法も得意です。」 「完全に支援型って事か?」 「攻撃的な魔法はあまり得意ではなくて…申し訳ございません…」 「別に謝る必要は無いけど…」 「あの…ダンジョンには入られるのですか…?」 「面白そうだとは思うけど…」 「見学程度と考えれば…ここのダンジョンはあまり強いモンスターは出てこないダンジョンだからな。」 「そうなのか…」 「私は…その……」 「なんですか?」 「いえ…」 「ダンジョンに行くかはまた考えれば良い。今はまず村に入っても大丈夫かどうかだからな。」 歩いて村に向かっていると、馬車のありがたみがよく分かる。 一日中歩いてもあまり距離が稼げない。 俺達3人ならばもっとペースを上げても問題は無いが、リーシャの体力を考えるとペースはどうしても落ちてしまう。 それはリーシャ自身がよく分かっているみたいで、時折小さく謝る声が後ろから聞こえてくる。 日が暮れてくると野営の準備を始める。 「とりあえず……リーシャ。」 「はい!」 「ん?なんでそんなビクビクしてるんだ?」 「い、いえ……」 「真琴様……」 「え?」 「リーシャは奴隷です…今回の旅路で奴隷のせいで進行が遅れているとなると、普通は酷くあつかわれる場面です。」 「あー……つまりリーシャは俺がリーシャに乱暴すると思ってビクビクしてるわけか…」 「はい。恐らく。」 「リーシャ。」 「…はい!」 「えーっと…最初に言っておくべきだったかもしれないけど、俺達はリーシャに乱暴するつもりは一切ないよ。」 「………え?」 「俺達はあまり奴隷という制度に対していい感情を持ってなくてね。」 「??」 「本当に理解できないらしいな…」 「まぁ当然だろ。それがこの世界での常識だからな。」 「そうだよね…まぁいいや。 とりあえず、リーシャ。さっき簡単に作ったんだが、この服に着替えてこの靴を履いてくれ。」 「ふ、服に靴ですか?!そんな!?」 「え?変なの?」 「普通はそんな物は奴隷には高価だと与えられない物ですね。清潔な布でさえ触らせないくらいですよ。」 「マジかよ…酷いな。 とは言えこのままの姿でもなぁ…そうか!俺水魔法使えるし水浴びしてから着替えればいいんじゃないか?!」 「……どうしてそうなるんだ?」 「え?綺麗にしてから着たら服も靴も綺麗なままだし汚れないから気にならないだろ?」 「いや、うん。違うと思うぞ。」 「真琴様…奴隷自体が汚いという発想から来るものなので…」 「水浴びしてもか?!」 「水浴びしてもです。」 「えー…面倒臭いな…」 「面倒臭いって…まぁ真琴様らしいが。」 「現在は真琴様の奴隷なわけですし好きな様になさればよろしいかと思いますよ。」 「そうだよな!じゃあ水出すから水浴びしてくれ!」 「みみみ水浴び?!」 「水浴びもなのか…えぇい!面倒臭い!」 水を生成してリーシャにぶっかける。 正に人間洗濯機。汚れを落とした後水を消すとさっぱりした。 薄汚れていた顔や体もさっぱりした様だ。 目が回ってフラフラしているが。 凛に頼んで後は着替えを済ませる。 「お、着替え終わったか。」 「は、はい…その…本当によろしいのですか…?」 「俺に着ろって言うのか?」 「い、いえ!その様なことは!」 「ならそれでいいだろ。寝床はこっちで用意したからそこ使ってくれ。」 「そ、そんな事は出来ません!」 「あなた。」 「え?!は、はい!」 「真琴様が自らお作り下さった寝床を使わない…などと言うつもりですか?」 「ひぃ?!」 「そんな事ありませんよね?ね?」 「は、はい!ありがたく使わせていただきます!!!」 「凛が怖い…」 「なんですか?リーシャが地面で寝るなんて言い出したらまた真琴様がお手を煩わせる事になるんですよ?そんな事も分からないんですか?馬鹿ですか?筋肉ですか?」 「筋肉を馬鹿と同列にするなよ!」 「では健ですか?」 「同列?!俺の名前が同列?!」 「いえ、名前ではありませんよ。他の健さんに失礼ですからね。あなたという存在です。」 「より酷いな?!」 「ほらほら。遊んでないで夕飯を作るぞ。」 「はい。」 「真琴様ー。俺の扱い全体的に酷くないかー?」 「………」 「せめて聞いて?!」 あまり触れてこなかったが、俺の異次元収納があるため野営にしては、食事が豪華だ。 普通カチカチで砂の混じったパンと水みたいなスープが多い。 旅路が長くなればなるほど食品は腐るし保存がきく干し肉なんかを持っていく。 食料だって重量になるし質素なものになる。 その点家で作るのと変わらない状況を作り出せる為ガッツリ食べられる。 今宵ももちろんいつも通りに作っていた。 リーシャは料理もそれなりに出来るらしく凛の指示で手伝っていた。 凛の料理の腕は間違いなく凄い。 加えて俺が作ることは絶対に許してくれない。 包丁を持とうとしただけで泣き出した事もある。 それ以来関わっていない。 日本に居た時も外食や食べ歩きで美味いなぁと呟いただけで次の日には凛が作ってくれる事も多かった。 しかもアレンジまでしてオリジナルより美味い。 なので食事の支度は基本的に凛が行っている。リーシャに任せることはまず無いだろう。 「皆さんよく食べるんですね?」 「え?そうですか?特別多いという事も無いはずですけど…」 「出来た?」 「はい!あとは盛り付けて終わりです。」 「美味そーー!じゃあ座って食うかー!」 焚き火の周りに腰掛ける。 リーシャはスタスタと歩いてきて俺の後ろに立っている。 「……なにしてんの?」 「え?皆さんの邪魔にならないように…ここではお邪魔でしたか?!」 「え?いや、リーシャも座って食べろよ。」 「ふぇ?!」 「この際だから言っとくけど俺達はリーシャの事を奴隷として扱う気は無い。だから一緒に座って同じ物を食え。」 「そ、そんな事出来ません!私は奴隷です!」 「……食え。命令だ。」 奴隷にとって主人の命令というのは絶対厳守。 俺が命令したのだからリーシャは断る事が出来ない。少し狡いやり方かもしれないが、俺達が気持ち悪い。 ビクビクしながら腰を下ろす。 凛から受け取った皿。 何を考えているのかは分からない。 「いただきまーす!」 「いただき…ます?」 「いただきますというのはかくかくしかじかです。」 「そんな言葉があるんですね。」 「この辺では聞かないけどな。」 「いただきます。………はむっ。……」 一口目が口の中に入る。 木のスプーンが口の中から出てこない。 咀嚼も無く、目からポロポロと涙が溢れ出す。 「美味しい……温かい……」 多分温かい食事なんて食べて来なかったのだろう。 ゴミの様な食事を少しだけ。 いつでもお腹を空かせて死ぬスレスレを生きてきたはずだ。 何を言うでもなく食事をした。リーシャは泣きながら消え入りそうな声でお礼を呟き続けた。 「それは?」 「レッドスネークの鱗だよ。」 「なんかに使えるかもって持ってたやつか。」 「あぁ。結構良い素材だって聞いてたから何かに使えないかなぁって思ってたんだけどなかなか思い付かなくてさ。」 「防具として加工される事が多いって聞いたが?」 「んー…確かに硬いし火にも強いから防具としても優秀なんだけど、もっと良い使い方あるんじゃないかなぁって思っててさ。」 「良い使い方?」 「あぁ。なーんか有りそうな気がしてるんだけどなぁ…」 「あの…」 「ん?どうした?リーシャ。」 「私の故郷シャーハンドではレッドスネークの鱗を加工して弓を作ります。」 「弓?」 「はい。何故かは分かっていませんが…レッドスネークの鱗を使って弓を作ると放った矢に火属性が乗るんです。」 「え?!なんだそれ?」 「その…エルフに伝わる特別な加工が必要なんですが…」 「特別な加工?」 「はい…ですが。私はその加工方法を知っています。」 「おぉ……ん?でもそれ教えちゃうとまずいやつなんじゃないか?」 「本来は門外不出です。 ですが、これ程の恩を頂いておきながら返せるものなど私には…」 「いやいや。別に恩を着せてもいないし返さなくていいから。リーシャの身が危険に晒される様な技術なら聞かないよ。」 「……ありがとうございます。ですが、それは心配ご無用です。」 「どう言うことですか?」 「私は既に奴隷へと落ちた身であり、マコト様に救って頂いた御恩があります。例えシャーハンドに帰ったとしても、この御恩を返すまではマコト様の側を離れるつもりはありません。」 「えー……」 「随分と強引ですね。」 「マコト様が私を要らないと、離れろと命じるのであれば…離れますが、それでも御恩をお返しするまでは関節的にでもお手伝いします。」 「いや、別に離れろとは言わないけど…奴隷として側にいるのも辛いだろ?」 「……今まではずっと辛いと思っていました。ですが…今はマコト様の奴隷であるなら。」 「辛くないと?」 「はい。正直に申し上げますと…嬉しいくらいです。」 「嬉しいって…」 「この枷もマコト様との繋がりを証明する物であると考えると愛おしいくらいです。」 「お、おう……」 「分かっているのですか?私達と共にいれば奴隷としての身分を消し去る事が出来ないのですよ?」 「はい。」 「良いのかよ…真琴様、どうすんだ?」 「どうするかと聞かれてもなー…」 「ご迷惑でしょうか?」 「え?!いやー、迷惑って事は無いけど…」 「一つよろしいですか?」 「はい。」 「何故急にその様に考えたのですか?」 「急に…ではありませんが… 奴隷という身分は簡単には消せません。確かに教会へ行けば取り消す事は可能ですが、申請しても認可されるまでかなり待たされます。それ以前に認可される事はほとんどありません。」 「そうなのか?」 「はい。奴隷とはそう言うものなのです。」 「それで?」 「マコト様が主人を放棄したのであれば、また他の主人の元に行かされ奴隷としての毎日が始まるだけです。」 「それは嫌だってことか?」 「正直に申し上げますとそれもあります。ですが、奴隷となった時ある程度覚悟はしていました。もしもマコト様がいらないと仰るのであれば、私も従います。」 「何故ですか?他の主人の元に行くのは嫌なのでしょう?」 「はい。ですが、これ程の恩を受けたお方を困らせてしまう方が私には辛いのです。 奴隷ではなく、一人の人として扱われる事は、私にとっては諦めていた事なので… ですから、私は何があっても必ず恩を返すつもりです。その為であれば、この命を捨てる事でさえ…」 「命は大事にね!!そんな事で命を掛ける必要なんか無いだろ。」 「私はあのまま救われなければ少しずつ死んでいくだけでした。命を救われたのであれば、それを掛けてお返しする事は道理であると考えています。」 「……どこかで聞いたセリフですね。」 「俺か?!」 「はぁ…なんでこう自分の命を軽く見る奴らばかりなんだよ…」 「それは真琴様だからだと思います。」 「凛まで?!」 「私の命は既に真琴様の物ですから。心も体も全て。」 「お、おぉ……」 「それより、リーシャさん。本当に良いのですか?」 「はい。」 「真琴様。私からもお願いします。」 「あー!分かった分かった!連れてくから!」 「ありがとうございます!!どこまででもお供致します!!」 結局レッドスネークの鱗の加工を考えていたらリーシャを連れていく話になってしまった。 そもそも村に向かっているのもリーシャの事を考えての話だし変わらないかと自分を納得させる。 凛がリーシャに肩入れしているのも似た所を感じたからだろう。女性一人っていうのも可哀想と言えば可哀想だから良しとしよう。 大幅な変更はあったにしろ、シャーハンドに帰る気は既に無いと言い切るリーシャからレッドスネークの鱗の加工方法を聞いた。と言うより強引に聞かされた。 聞いたからには作ろうと弓の制作に入る。 弓を使う人がいないじゃないかと思うかもしれないが、リーシャが使えるらしい。 弓に杖と同じ様な効果を持たせれば杖の代わりとして弓を使えるらしいのでその方向で決めた。 但し、杖は魔法を使うことにのみ特化しているため弓に掛けられる効果より高くなる。 つまり弓に魔法の効率化を効果として付与しても杖程にはならないらしい。 リーシャに聞くと支援系の魔法以外はあまり得意ではないらしく、それだけでも十分との事だ。
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