第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

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リーシャに聞いた弓の加工はそれ程難しいものではなく、マージ村までの道程で完成させる事が出来た。 「出来た!」 「すごく綺麗な弓ですね。」 「透明感のある赤色の弓か。確かに見たことないな。」 「普通はこんなに透明感のある素材にはならないんですよ。マコト様の加工が素晴らしかった為ですね。」 「お陰様でかなり素材をダメにしたけどな…」 「矢も同じ様に作ったんですか?」 「あぁ。一度コツを掴んだら上手く作れるようになってな。調子に乗ってしまった。エンチャントも済んでるから早速リーシャに使ってもらおうかな。」 「ほ、本当によろしいのですか?私が使っても…」 「奴隷に武器や魔法を使わせるなってやつか?」 「はい…」 「気にしない事くらい分かるだろ?」 「分かりますが…」 「焦れったいやつだな。素直に受け取れ!」 「は、はい!ありがとうございます!!」 「的必要だよな。」 「私が魔法で作りますよ。」 凛が作り出した木の的に向かってリーシャが構える。 キリキリと矢が引かれる音が聞こえる。 ビュンという風切り音と共に赤い矢が走る。 その矢尻から尾を引くように火の線が続く。 的に命中すると的を突き抜けて先の地面に刺さる。 的は一瞬にして炎に包まれ燃え尽きる。刺さった地面の矢からも火が上がっている。 「えげつない威力だな…」 「す、凄いです…本来こんなに威力のある武器ではないのですが…」 「なんか凄いものが出来たらしいな…」 「こんなに威力が高いものになるとどれ程の値がつくか分かりません…」 「またまたー。そんな大袈裟に言ってー。」 「全く大袈裟なんかじゃありませんよ?!本当に凄いことなんですよ?!」 「距離感距離感!!分かったから!!近いっての!」 「あ、見えてきましたよ。マージ村。」 凛が指さした先には簡素な木の柵が立てられている村が見える。 「ん?見ない顔だな。」 「ジゼトルスから来た冒険者だ。」 「冒険者とは珍しいな…ん?そっちのは奴隷か?」 「ま、一応な。」 「一応?」 「それより泊まる所ってあるのか?」 「村の中央に宿があるぞ。あまり使う人は多くないみたいだけどな。」 「なんでだ?」 「あそこの業突く張りのババァが値段を高く設定してるからな。皆ダンジョン近くにテント張って寝泊まりしてるぞ。」 「そうか… ダンジョンはどこに?」 「この大通りを行った先にある。」 「助かるよ。」 門番に身分証を提示した後大通りを進んでいく。 村の中央近くに門番の言っていた宿があるが、確かに利用者は少ないらしく賑わってはいない。 宿を使う必要があるかどうかは後に考えるとしてとりあえずダンジョンへと向かう。 村自体はそれ程大きくは無いみたいだが、活気に溢れている様にも見えない。 民家が周りから無くなると点々と馬車が止まっている。 全部で4、5台だが全て奴隷商の馬車だ。 奴隷商の馬車は後部に檻が設置されていてその中に奴隷が入れられている。 奴隷になれば逃げないが、奴隷にしようとして捕まえた人が逃げないようにとの事らしいが…あまり見ていて気持ちの良いものでは無い。 「これがダンジョンか。なんか普通の洞窟に見えるな。」 「見た目はそうですね。ただ、中に入ればモンスターが襲い掛かってきますよ。」 「それで?真琴様はこっからどうするつもりなんだ?」 「んー。とりあえずダンジョンに入るのは止めておこうか。必要も無いしな。それに奴隷商人とはあまり顔を合わせたくない。」 「何故ですか?」 「奴隷商人に限らずだが、商人ってのは情報収集力が高い。奴隷商人なんて難儀な仕事なら更にその能力は高いはずだ。 こんな小さな村だとしても俺達の事を知ってる奴らがいる可能性も無くはない。」 「ジルとガリタをただ待つのか?」 「いや、こっちはこっちで調べてみようとは思っているが…」 「そこの方!」 「ん?」 村の方から声を張り上げて俺達に手を振って、おばさんが走ってくる。 エプロン姿から見るにどっかの飯屋の店員か何かだろうか。 「そこの方!少しお待ち下さい!」 「そんなに焦ってどうしたんだ?」 「冒険者の方々ですか?!」 「まぁ一応な。」 「こんな事をいきなりお頼みするなんて無礼だとは承知しておりますが…どうか…どうか!」 「待て待て。焦りすぎだ。話の内容も分からないぞ?」 「私の息子が…まだ小さな息子がダンジョンに!」 「どう言うことだ?」 「村の子供達との度胸試しでダンジョンに入ったと…」 「…一人でか?」 「はい…どうか…お助け下さい!」 「入ったのはいつだ?」 「つい先程です!どうか…どうか!」 「分かった。」 母親の顔に滲む汗と悲壮感。 「すまないが……予定変更だ。ダンジョンに入る。リーシャ。健と凛の援護を頼む。」 「はい。」 「健。先導してくれ。」 「任せとけ!」 健を先頭に洞窟の中に入る。 洞窟内は真っ暗闇かと思いきや所々にランタンの様な魔道具が据え付けてあり以外に視界が通る。 ゴツゴツとした岩肌から時折水滴が落ち、その音が洞窟内を反響する。 凛達が言っていた様に即時襲われる事は無かったが、静か過ぎてそれが逆に怖い。 「少し前に誰かがこの辺りのモンスターを倒して進んだみたいですね。」 「となるとずっと奥まで進んでいった可能性があるって事か?」 「はい。モンスターの再出現までには少し時間があります。その間に通り抜けてしまった…という所でしょうか…」 「つまり再出現する前に見つけ出さないと…」 「早く行きましょう。」 洞窟内を進んでいくと直ぐに右に左にと入り組んだ構造になり、どこをどう進んでいけば良いのかわからないと言った状況になってしまう。 モンスターのいない場所を選んで進んではいるが、それではいずれ追いつけなくなってしまう。 焦る気持ちを抑えて確実に進んでいく。 「何が聞こえるぞ。」 「人の声か?」 「……少年って感じの声じゃないな。」 岩陰から奥を見るとどうやら奴隷商人と数人の奴隷がモンスターを倒した直後の様だ。 その中に一人小さな男の子がいる。 短く切り揃えられた赤い髪でツリ目の男の子だ。7、8歳くらいだろうか。 依頼された女性もセミロングの赤髪でツリ目だった。 まず間違いなく彼女の息子だろう。 「な、何するんだ?!」 「何って。君を奴隷にするんだよ。」 「は?!」 「バカな子供は騙しやすくて良いもんだ。」 奴隷商人らしき太った男が腕を掴み離そうとしない。 話を聞く限り何か言われてのこのこと着いて行ったらしい。 「は、離せ!!」 「別に構わないが。逃げても無駄だぞ。ここから一人で戻れるとでも思っているのか?」 「このクソ野郎!!」 「ふはは!なんとでも言えばいい! 君の人生は今日から私の思うままになるのだからな!小さな男の子というのは存外人気があってな。」 後ろに控えてる奴隷も一瞬眉を寄せるがそれ以上の事はしないし言わない。 いや、言えないのか。 「おっと。すまんがその子は俺達が預かるよ。」 「なんだぁ?お前達。」 「その子の母親に依頼されてな。無事に連れ帰らないといけないんだよ。」 「母親?知るか。見る限り冒険者か?こんな所に来るような冒険者に遅れを取るような奴だと思わないでくれよ? おい!」 後ろに控えていた男の奴隷2人と女の奴隷1人が商人の前に出る。 3人ともエルフだ。 女のエルフは魔法を使うらしい。 男2人は弓と剣。 あまり体格は良くないが、弱そうには見えない。 「やれ。こんな所を見られたんだ。死んでもらうしかない。」 「平和的に行こうぜ?その子を帰してくれれば俺達は何もしないからさ。」 「はっ!どうせお前達はここで死ぬんだ。そんな事を受け入れるわけが無いだろ。それに、交渉ってのは相手が求める何かを差し出す必要がある。そうだな。そこの2人の女を寄越せばこの子を返してやっても良いぞ。」 「気持ち悪いですね。寒気がします。」 「私のみならず、凛様まで愚弄するとは…万死に値します。」 「交渉決裂か?それならば力で押さえつけてやろう!!」 「商人以外は殺すなよ。」 「「「はい!」」」 相手の弓が放たれ飛んでくる。 狙いは健。 ビンッ 硬く張られた弦が鳴ると、火の尾が走る。 リーシャの放った矢は相手の矢を燃やし尽くし、それでも尚勢いは衰えず弓をもつエルフに向かって行く。 バチィッ! 激しい閃光と共に弓を持つエルフの目の前で矢が止められる。 第三位の光魔法、ライトシールド。 物理攻撃を弾く役目を持っている。 しかし、そのシールドもリーシャの放った矢の前では十分では無かったらしい。 パキパキとガラスにヒビが入る様にライトシールドが割れていく。 矢は男に届かなかったが、ライトシールドは完全に消失し、弓を破壊した。 弓を失った男は短剣を構える。 その目には恐怖が浮かんでいた。 一矢で矢、弓、そして物理攻撃を弾く為のシールドを完全に破壊した事がどれだけの事なのかを正しく理解したらしい。 それは他の2人の奴隷にも伝わっている様だ。 杖を持っている女のエルフに至っては手が震えている。 唯一この中でそれを理解出来ていない商人が声を荒らげる。 「何をしている!あんな奴らさっさと捻り潰せ!!」 「う……うわぁぁああ!!」 奴隷は主人を置いて逃げる事は出来ない。 それは死を意味するからだ。 だからこそ力の差が歴然としていても戦うしかない。 死を覚悟してなのか剣を突き出すように向かってくるエルフ。 健は刀を抜くと刀を反転させる。 突き出された剣に向かって刀をそっと添える様に振る。 すると剣を強く握って突っ込んで来ていたエルフの体がすぅっと横にそれていく。 刀を使って相手の力の方向をズラしたのだ。 何が起きたのか分からないエルフだが、振り返り健に向かって何度も剣を振る。 だがどの攻撃も健の刀に触れると全て意図しない方向へと軌道がズラされてしまう。 息を切らして何度も何度も振る剣は次第にその勢いを失っていく。 体力はまだある様だが、心が折れたらしい。 「む、無理です……勝てません……」 「ちっ!!死にたいのか!さっさと戦え!!おい!お前も行け!!」 弓から短刀へと持ち替えたエルフに指示を出す商人。 短剣を構えるエルフは、ビクリと体を震わせる。その顔は完全に恐怖に怯えている。 一人増えた所でこの差は埋められないと確信しているらしい。 「命令だ!早くしろ!!」 「く…くそぉぉーー!!」 「させませんよ。」 走り出そうとしたエルフの足に絡みつく木の根。 凛の魔法だ。 足を完全に取られたエルフは当然だが、その結果に驚いていたのはむしろ後ろの女エルフだろう。 物理攻撃の対策をしていたのならば、魔法に対しても対策を講じていただろう。 しかし何故か凛の魔法を防げなかった。 何が起きたのか分かっていないらしい。 簡単なことだ。 リーシャの矢には火の属性が付与されている。 つまり魔法の矢という事だ。 リーシャの放った矢は物理攻撃と、魔法攻撃の両方の意味を持っている。つまり、魔法攻撃の対策をも突き破ったのだ。 「さてと。完全に戦意喪失してしまったらしいが、どうする?」 「ま、待ってくれ!お、俺が悪かった!こいつは連れて行って構わないから見逃してくれ!」 「お前がさっき言ったじゃないか。交渉は相手の欲するものを差し出す必要があると。 そうだな。四肢を貰おうか。」 「はっ?!」 「手足だよ。これから先お前の人生が一変するが、生きていられるぞ?」 「な……」 「嫌か?なら交渉決裂だな。」 「そんな対価払えるわけが無いだろ!!」 「だから言ったじゃないか。その子を素直に渡せば俺達は何もしないと。蹴ったのはお前だ。」 「こんなに強いとは思わなかったんだ!!」 「知らん。大人しく死ね。」 「く……くそがぁぁああ!!」 バンッ 懐に忍ばせていた短剣を取り出して俺に向かって来ようとした商人の首から上が消え去る。 ウォーターショットをなるべく威力を抑えて放ったのだが… 首から上が消え去った後の体は2、3歩歩き、ドチャっと音を立てて目の前に転がる。 「まったく…真琴様の提案を蹴るなんて愚者としか言えませんね。」 「当然の末路ですね。」 「それより…良いのかよ?」 「何が?」 「そいつ殺しちまうと…あの3人は…」 「あ!!まさか!?」 「考えてなかったのかよ…」 「しまった…」 「おい。もう構えなくて良いぞ。お前達の主は死んだんだ。」 「?!」 「お前達が好きで俺達に向かってきてたとは思ってないしここから何かする必要も無いからな。とりあえず剣を下ろせ。」 「は、はい!」 「さてと…どうしたもんかね…」 「あの…私達はその人の奴隷ではありません…」 「ん?どう言うことだ?」 「その人は私達の主から依頼されてここに連れてきただけの商人です。」 「えっと…主人からは離れられないんじゃないのか?」 「許可されていますので、期間内は主から離れても問題ないのです。」 「へぇ…ん?てことは現状主はその人って事か。」 「はい。一時的に仮主人となっていたのでその商人に逆らう事は出来ませんでしたが…申し訳ございません。」 「事情は分かったから頭を上げてくれ。気にしてないから。」 「ありがとうございます。」 「その主はどこにいるんだ?」 「この村の端にある屋敷です…」 「つまりそこに帰れば良いのか。帰れるか?」 「はい。大丈夫です。」 「そいつは良かった。気をつけて帰ってくれよ。」 「「「ありがとうございます!」」」 3人の奴隷は連なるように出口に向かっていった。 「さてと…坊主。大丈夫か?」 「お、お前等お母さんに依頼されて来たって…」 「あぁ。もう大丈夫だ。」 「本当か?」 「ま、騙されてすぐだし信じられないわな。」 「別に信じてくれなくても良いんじゃねぇか?どちらにしろ出口に向かうしか無いわけだしな。」 「それもそうだな。1人じゃ出られないわけだし着いてこい。」 「……」 男の子は疑いの眼差しを向けてくるが、先導する俺達がモンスターを倒して出口に進んでいくと、その後ろをちょこちょこと着いてきた。 モンスターはゴブリンの様なあまり強くはないモンスターばかりだったが、男の子の年齢からしてみれば脅威だろう。 「出口だな。」 「ムルゴ!!」 「お母さん!!」 後ろにいた少年は走り出し、心配していたエプロン姿の母親に駆け寄っていく。 「ありがとうございます!ありがとうございます!!」 「無事で良かったよ。」 「ムルゴ!どれだけ心配したのか分かってるの?!」 「ご、ごめんなさい…」 「なんであんな所に1人で行ったの!?」 「……父さんをバカにされたんだ…」 「父さんを?」 「元冒険者の息子ならそれくらい出来るだろって…それが出来ないのはお前の親父が弱かったからだって…」 「バカ!そんな事でダンジョンなんかに入って!死んだらどうするのよ!!」 「まぁまぁ。お母さん。その辺で。」 「す、すみません…お恥ずかしい所を…」 「お母さんの気持ちも分かりますけど、その子の気持ちも分からなくは無いですから。 まぁ出来ないことをしようとしてお母さんに心配掛けたのは良くないがな。」 「……ごめんなさい…」 「親父さんをバカにした奴らを懲らしめないと意味が無いだろ?次に言われたらそいつらを懲らしめろよ?」 「真琴様。助言としては些か乱暴な気がしますが…」 「あれ?そうか?」 「親父さんはどうしたんだ?」 「今はジゼトルスに用事があって出かけていまして…そろそろ戻ってくる頃ですが…」 「おーーーい!!」 村の方から赤髪を短く切り揃えられたツリ目のがっしりした男性が走ってくる。 親子だけでなく夫婦でも似ているとは… 「はぁ…はぁ…」 「あなた…」 「ムルゴは?!大丈夫なのか?!」 「え、えぇ…その…ごめんなさい…」 「お前のせいじゃないさ。無事で良かった。」 「お父さん…」 「まったく。母さん困らせたらダメだろ?」 「うん…ごめんなさい…」 「あの…あなた方は?」 「ムルゴを助けて頂いた冒険者の方々です。」 「それは!この度はどうもありがとうございました!」 「気にするな。」 「いえ!そんなわけにはいきません! そうだ!ここでの宿はどうされるおつもりですか?」 「宿?ここら辺で野宿するつもりだったが?」 「そんな!恩人の方々が野宿なんて! 我々は家族で宿を営んでおります。どうぞお泊まりになって下さい!もちろんお代は結構ですので!」 「いや、そんなことまでしてもらわなくても…」 「私達の宝を守って貰ったのです!どうぞお泊まり下さい!!」 半強制的に連れていかれてしまう。 村の中央にある宿の家族だったらしい。 業突く張りと聞いていたが、イメージとは違う様だ。
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