第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

7/7
1753人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
「どうぞお入りください!」 「思ってたより広いな。」 「食事も出してますので…人が居ないのは、うちが高過ぎて寄り付かないからですね。」 「ん?高過ぎてって……分かってるのに値を下げないのか?」 「下げられないんですよ。ここはマージ村。田舎ですし物資はとことん集まりにくいんです。 ダンジョンに来る冒険者が多い時は商人の出入りも多かったのでなんとかなったのですが、今では食料さえジゼトルスまで買い出しに行かなければならない程です…」 「それで親父さんはジゼトルスに?」 「えぇ。高くする代わり…と言ってはなんですが、食料くらいはいい物をとジゼトルスで買ってきているんです。 安くしてしまえば利用者が増えて賄えなくなってしまいますから…」 「なるほど。そんな事情がね。」 「他の街に移動しないんですか?」 「確かに他のもっと楽な場所で宿を建てる事は考えましたが…ここには私達の宿を必要としている方々も数多くいますので…」 「常連さんのため…って事ですか。」 「息子がいながらも情けない話ですが…」 「そんなことはありませんよ?!素晴らしい事だと思います。私ならば誇りに思うでしょう。」 「ありがとうございます。」 「でも、それならば尚更私達をただで泊めてしまうのは良くないのでは?」 「息子の命の恩人から金を取るなど出来ようはずもありません。お気になさらず。」 「とは言っても……そうだ。俺達は冒険者だ。困った事や依頼があれば格安で引き受けるってのはどうだ?」 「依頼…ですか?」 「それこそ食料の買い出しでもなんでもやるぞ?」 「買い出しに行ってきたばかりなので食料には困っておりませんが……」 「そういえば……いや。なんでもありません。」 「そこまで言っといてなんでもありませんは逆に気になるっての。なんか思いついたのか?」 「……その……私達だけ、と言うことでは無いのですが、この村には貴族の屋敷があります。」 「あぁ、なんか村の端にあるって聞いたな。」 「ビリンド-ハイカシ。それがその貴族当主の名前です。」 「そのビリンドがどうかしたのか?」 「ビリンドはこの村唯一の貴族であり、その権力を振りかざし市場の多くを取り仕切っています。」 「食料や武具って事か?」 「魔道具や生活品についても…ですね。」 「ここらで暮らそうと思うとそのビリンドって言う貴族が必ず関わってくるってことか。」 「はい…」 「あんたらの顔を見る限りあまり良い事をしている貴族とは思えないんだが?」 「商人が食料を持ってこなくなったのもそのビリンドのせいです。商人から買うのではなくビリンドを通して買うので食料品やその他多くの物は高値で買わなければなりません…」 「そのせいで買い出しに行かなければならなくなって……って流れか。やりたい放題だな。」 「とは言っても相手は貴族ですから何が出来るでもなく、皆従うしかないのです。」 「なんで皆この村を離れないんだ?」 「私達と同じ様に離れたくない人も多いとは思いますが、ビリンドが村を出ようとする村民を引き止めるのです。」 「引き止める…ねぇ。そんな優しいもんじゃないんだろ?」 「脅しに近いだろうな。貴族ってのはそんなもんだ。」 「ビリンドは数多くの奴隷を従えていて、どの奴隷も戦闘に長けた者ばかりなので…」 「さっきの3人もそのビリンドって言う奴の奴隷だったわけか。」 「村でも目当ての娘を見つけると強引に屋敷に連れて行ってしまうのです。」 「なんだそりゃ。人攫いと変わらないだろ?」 「止めようとした一家が……」 「それを見て何も言えなくなったのか。」 「はい…それ以来この村では若い娘は外には出されなくなりました。」 「確かに村に入ってから若い女性は見てないな。」 「ここではそれが掟…ですからね。こんな事お話してもどうする事も出来ないので…」 「……どう思う?」 「極悪人ではありますが、貴族は貴族ですからね。下手に動けば私達の方が危険に晒される事になりかねません。」 「だよな。」 「ただの愚痴の様なものなので、忘れて下さい。」 「……」 「それよりお部屋を用意しますね。」 本当に愚痴が溢れただけの様で俺達に何かをさせたいとは思っていないらしい。 笑顔で部屋を用意してくれる。 部屋はあまり広いとは言えないが4人で泊まるには十分な広さだ。 使い古されてはいるがベッド等も綺麗に手入れされている。 「なんとかしてあげられるのであれば手を貸してあげたいですね。」 「気持ちは分かるが、真琴様が危険に晒される可能性が高い以上下手に手出しは出来ないだろ。」 「貴族は横の繋がりが強いですからね。」 「俺達は正義のヒーローってわけじゃないからな。」 「……」 「それよりプリネラについてここからどうやって調べるんだ?何か言いかけてたけど…」 「現在の俺は詳しくプリネラを知ってる訳じゃないが、俺達が追われてるって事はフィルリア同様にプリネラも国から何かあったんじゃないかって思ってな。」 「まぁ追求はされただろうな。」 「となればプリネラもフィルリア同様にジゼトルスにはいないんじゃないか?」 「まぁ詮索されて邪魔だとは思うだろうな。」 「くノ一として腕がたつなら逃げ隠れはお手の物だし、凛や健もそう思ったから貧民区にいると思ったんだよな?」 「まぁな。」 「国の兵士や貴族にも知れ渡っていたと考えると仕事もなかなか難しいだろうし近隣の村を渡り歩いたりしながら仕事をこなしてたんじゃないかってさ。」 「つまりこの村にも立ち寄った可能性があるってことか?」 「そ。そんでこの村で得られる仕事ってなると、奴隷商人の護衛だとか限られてくるだろ?その辺の情報を仕入れたら何か分かるんじゃないかって思ってたんだ。」 「…十分考えられますね。」 「俺達の事は詳しく話せないし情報を仕入れる先は吟味しなきゃならないけどなんとかなるんじゃないかなって。」 「調べてみる価値はありそうだな。」 「それじゃ明日からはその方向で調べを進めてみよう。二手に別れて調べようか。俺はリーシャと一緒に回るよ。」 「分かりました。」 何をしていくかの方針を決めてその日は寝る事にした。 その次の日から二手に別れて色々と聞いて回った。村の人はもちろん、ダンジョンを目的に来る冒険者や奴隷商人にまで声を掛け続けた。 しかし手掛かりになる様な情報は無く、無駄足を踏んでいた。 宿にいくらでも居てくれていいとは言われているが、お金も払わずに居座り続ける程肝が太いなんて事は無い。 そろそろその辺の事も話し合って野宿でどうにかしようかと考えていた時、馬車に乗ったジルとガリタが村にやってきた。 「おー!マコトー!」 「ジル!ガリタ!」 「やっぱりマージ村に来てたか。予想が当たって良かったよ。」 「行先決める前にさっさと出てきちゃったからな。すまん。」 「まぁ行く場所なんて限られてるしすぐに見つかるとは思ってたから大丈夫だ。 それより例の件について色々と調べてきたぞ。主にガリタが。」 「ジルは?」 「私はそうゆう手の話とか交渉とかは苦手だからな。適材適所だ。」 「手伝ってくれただけでもありがたいよ。」 「気にするなって。」 「一度宿に行って話を聞かせてくれないか?」 「宿?マコト達ここの宿に泊まってるのか?高いって有名だぞ?」 「まぁ色々あってな。」 「マコト達はいつも色々あるな。」 「好きで色々あるわけじゃないっての。」 「あはは!」 ジルとガリタを連れて宿に戻る。 部屋に通すと早速ガリタが調べてくれた内容を話し始める。 「まず、プリネラさんの行先は正確には分かりませんでした。」 「正確には?」 「はい。街の外にいる事までは分かったのですが、どこにいるかまでは分かりませんでした。」 「それが分かっただけでもありがたいさ。」 「はい…そもそもプリネラさんという方は近隣の村々を渡り歩いていたそうです。ふらっと現われては仕事になりそうな事をこなして少しするとまたふらっといなくなる。と言うような生活をしていたみたいです。」 「真琴様の読み通りだな。」 「しかし、現在は雇われの身になっているそうです。」 「つまりどっかの誰かに雇われて一所に留まってるのか。」 「はい。それがどこか、までは分かりませんでしたが…」 「何か手掛かりになりそうな情報とかは?」 「情報…と言う程のものではないですけど、もし本当にプリネラさんが腕の良い人であればそれなりの額を出してると思います。 なのでそういった額のお金を出せる人だと思いますけど。」 「貴族とかか?」 「貴族でも田舎貴族と呼ばれる様な金銭を持っていない様な人達では無いと思います。」 「そうなるとそれなりに絞られてくるんじゃないのか?」 「そうですね。このマージ村にいるハイカシ一族。一族と言っても主人のビリンド一人だけですが… ジャビット村の二ルメイ一族、そしてミュルリュ村のスコトノス一族ですね。」 「その三家だけか?」 「貴族は沢山いるが、それだけの金を持ってて護衛に腕の良い奴を必要とする様な事をしている奴となるとその三家だろうな。」 「このマージ村のビリンド-ハイカシは奴隷の事やこの村に対する措置が有名ですからね。」 「恨まれてるってことか。」 「他の二家も似たようなものです。」 「金を持つと人が悪くなるものなのかねー。怖い怖い。 となると、計らずしもこのビリンド-ハイカシについて調べる必要が出てきたわけか。」 「計らずしも?」 「あぁ。村の人にどうにかしてくれないかと言われてな…」 「必要がありあればやるしかないですね。」 「だよな。よし。ちょっと調べてみますかね。」 ジルとガリタも宿に泊まらせたいと言ったらまたしてもお代はいらないと言われてしまったので全員分でいくらかは無理矢理渡しておいた。 流石に気が引けてしまうし。 数日間調べてみて分かったことはとにかくこのビリンド-ハイカシと言う男主人がこの村を食い物にしているという事だけだった。 村に対して救いになる様な良い政策は一つもしていない上にやりたい放題。 最高級のクズ野郎という事がよく分かった。 しかし、ジゼトルス内にいる貴族との繋がりが強く定期的に連絡を取り合っていたり、教会とも強い繋がりがある様だ。 事を構えるとなれば、このジゼトルスを離れる覚悟が必要になってくる。 「なかなか下衆な奴ですね。」 「俺達もいい人間かは疑わしいがここまで人の心を無くした奴を見るのもなかなか無い事だよな。」 「真琴様は容赦が無いだけで人情が無いわけではないですからね。」 「…プリネラがここにいると思うか?」 「どうでしょうか…誰も見た事が無いと言っていますし、判断が出来ませんね。」 「プリネラがいるかどうかは実際にこいつの屋敷に行ってみるしか無いって事か…博打が過ぎるよなぁ…」 「マコトー!」 「何か分かったのか?」 「あぁ!今あそこにいた子供に聞いたらプリネラっぽい人を見た事があるって言ってたぞ!」 「子供?」 「ガリタが子供なら変な場所に遊びに行ったりしてるから何か見てる子がいるかもって言い出してさ!」 「探検みたいな事か。」 「そ!そしたらドンピシャ!」 「ジルー!速いってー!」 「お、おぉ!ごめんごめん。」 「はぁ…はぁ…ふぅ。」 「プリネラっぽい人を見かけた子供が見つかったって?」 「はい!近くにいた他の子達にも聞いてみたのですが、何人か見掛けたそうです!」 「子供とは盲点だったなー。」 「な!?」 「あぁ。確かにガリタのお陰だよ。」 「やっぱりなー!さすがガリター!」 「ガリタよりジルが喜んでるのな。」 「嬉しいからな!」 「それは何よりだ。」 「それで?こっからどうするんだ?」 「それなんだが……ジルとガリタはジゼトルスに戻ってくれないか?」 「ジゼトルスで何かやるのか?」 「いや…」 「…どう言うことだ?」 「ジル…私達が今回の事に首を突っ込むとジゼトルスに居られなくなるから…」 「あ?!なんだそりゃ!?そんな事関係ないだろ?!」 「関係無くは無いだろ?」 「私達はパーティーだよな?!なんで今更!!」 「パーティーだから、大切に思ってるからだ。 今回手を出してしまえば確実にジゼトルスには居られなくなるし、これから一生追われ続ける事になるんだ。そんな事はさせたくない。」 「そんな…」 「ジル……私達は戻りましょう。」 「ガリタ?!」 「……もし本当に追われる事になったら…多分私達は足でまといになる。それはジルだって感じてたでしょ?」 「………」 「それを分かった上でマコトさん達は戻れって言ってるんだよ。 私だって悔しいよ…でも…足でまといになるくらいなら残る。」 「ガリタ…」 「別に今生の別れって事でも無いし、悔しいならマコトさん達が頼むから着いてきてくれって言うくらい強くなって会いに行けば良いんだよ。私は絶対そうする。」 「………」 「ジル。」 「分かったよ!!戻れば良いんだろ!!戻れば!!」 「助かるよ。」 「くそー!覚えてろよ!絶対またぶっ飛ばしに会いに行くからな!!」 「あぁ。忘れたりなんかしないさ。」 「ばーか!!」 濡れる目を見せたくないと言わんばかりに振り返り走っていくジル。 悔しそうな、寂しい様な目でこちらを見て頭を一度下げた後、ジルを追って走るガリタ。 忘れるなんてできるわけが無い。 「辛い…ものだな。」 「まぁ別れってのはな。いつもこんなもんだ。」 「すまんな。二人にも格好良く残ってろって言えたらいいんだけどな。」 「言われても着いていきますよ。」 「だな。俺の主は真琴様だけだからな。」 「………ありがとな。 さぁ。行くか!!」 「はい!」 「おぅ!」 ジルとガリタが見えなくなると、振り返り、ビリンドの屋敷に向かう。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!