第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

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「ふん!ふん!」 「今日も変わらず刀を振り続けてるんだな。ジャイルは。」 「俺にはこれしか無いからな。フィルリアさんと約束したしな。」 「それは良いことかもしれないけど、体壊すなよー。」 「分かってる…さ!…ふん!」 「グラン様。」 「おう。おはよう。ティーシャ。」 「おはようございます。」 「なんだ?なんか元気ないな?」 「い、いえ。そんな事は…」 「何年一緒にいると思ってるんだよ。それくらい分かる。」 「……実は……」 凛の話によると、フィルリアの探してくれたこの家に住んでから外には出ていないもののどこからどう話が伝わったのか、俺達の事が小さな噂になっているらしい。 大きな家を持っているのに顔を見せない事も不審がられている原因の一つ。 凛は家の前で井戸端会議をしているおばさん達の声を聞いてしまったらしい。 噂というのは何より足が速い。 娯楽の少ないこの街ならそれこそ風が吹き抜ける速さで噂は広がっていく。 「そうか…ここには暫く住んでたし気に入ってたんだがなぁ。」 「今すぐに何かあるという事は無いとは思いますが…」 「出る準備だけはしておくとするか。」 「ここを出てどうするんですか?」 「ドワーフの国、テイキビに行くつもりだ。」 「テイキビですか?」 「ドワーフの国はハスラーよりもライラーが多い国だ。俺を殺そうとか捕まえようとしている連中は恐らくハスラーとしての能力を見ての事のはず。」 「ハスラーとしての能力をあまり注視しないテイキビは外れるって事ですか?」 「その可能性が高いって事だな。完全に除外はしないぞ。」 「注意は常に必要という事ですね…」 「すまないな…俺の魔力量が多いばかりに…」 「グラン様。私達はそれでもグラン様に仕えたいと心から思っているのです。いくら突き放されても、這ってでも着いていきますから。」 「……ありがとう。」 「はい!」 ある程度方針が決まった事を健に伝えると分かったとだけ言ってまた剣を振り始めた。 健はあまり物を持たないからそれこそ刀さえあれば良いくらいのものだろう。 異空間収納を発明してから荷物に困った事は無い。家の中の物を全て入れられる。 ほとんどの物を異空間収納した所でフィルリアが来た。 「え?!なにこれ?!」 「あ、フィルリア。えっと…ちょっと最近この辺りで俺達の事が噂になってるらしくてさ。」 「噂?!」 「この国にいるのも辛くなってきたし場所を変えようかと思っててさ。」 「そんな?!グラン達は悪くないのに!!」 「悪くなくても捕まれば酷い目に会うことくらい分かるよ。」 「うー…悪くないのにぃ…」 「フィルリアは本当に大人なのか分からなくなるなぁ…寝室に忍び込んできたりするし。」 「え?!グラン様!?今の話詳しく教えてください!!」 「え?いや、朝起きるとな…」 「フィルリアさん?!」 「ふーふふーーん。……ん?なに?」 「聞こえてない振りしても意味無いですからね!?」 「良いじゃないのよ。ティーシャだってたまにグランの寝床に入ってるしー。」 「私は良いんです!!」 「それなら私だって良いんですー。」 「まぁまぁ…それより、今すぐじゃないけど、2,3日後には発つから何かあったら早めにお願いね。」 「私も行くわ!!」 「ダメだって。フィルリアは優秀な先生でもあるんだよ。生徒達はどうするの?」 「う…」 「俺達の事は大丈夫。優秀な先生がいてくれたおかげで強くなれたから。」 「……ぶぇーー!!寂しいよーー!!」 「またいつか戻ってくるから。」 本気で泣きじゃくるフィルリアをなんとかなだめて落ち着かせる。 こういうところが大人とはおもえないんだよなー。 泣き止んだフィルリアは後ろ髪を思いっきり引っ張られながら帰っていった。 結局俺達には挨拶しておく人間はフィルリアしかいない。 これで心置き無くここを去れるというものだ。 「グラン様。」 「ティーシャ。どうした?眠れないのか?」 「その……少し寂しくなってしまって…」 「まぁフィルリアとも離れてしまうからな。」 「はい……それに、ここは私にとって第二の家になりました…それがなくなってしまうと考えると…」 「まぁその気持ちは俺も持ってるよ。すまないな…」 「いえ!そんなつもりでは!」 「わかってるけど少し申し訳なくてな…俺の事情に巻き込んでしまっているからな…」 「それはもう言わないでください。好きでやっているんですから。」 「ありがとう。」 「いえ。………あれ?」 「ん?どうした?」 「これって……」 「なんだこれ?俺の物じゃないぞ。」 「何かの紐ですかね?」 「見た感じは髪を結ぶのに使う紐みたいだな。かなり汚いけど。」 「なんでこんなものがここにあるのですかね?」 「…………?!」 ガキンッ 「グラン様!!」 「大丈夫。クリスタルシールドのお陰だな。 さて…一体どこのお客さんかな?」 小さな体。俺達3人と同じ黒い髪。長いと言うよりはボサボサな髪を胸の下まで垂らした女の子だ。 そのボサボサで汚い前髪の奥から覗く目は死んだ魚の様な、心がここにあるかどうか分からない。 服装という服装ではなく黒いシミがいくつか着いた布を巻いているだけ。 相当酷い目にあってきたのか一切の感情を読み取る事が出来ない。 「あなた。誰に剣を向けたのか分かっているのですか?」 たった今人を殺そうとした女の子はぼぅっと立ったままこちらを見つめている。 こんな子供が何故こんなことをしているのか。 考えてしまうが、今はそれどころでは無い。 「グラン様!!」 「ジャイル。」 「……貴様…何をしているか分かっているのか知らないが。グラン様に手を出したんだ。覚悟は出来ているのだろうな。」 「………」 本当にぴくりともしない。 話が分かるのだろうか? ふっと姿勢が低くなったと思ったら突然一番前にいた健に斬り掛かる。 手に持っているのは小さなナイフ。 パッと見だけでも相当傷んだナイフだと言うことが分かる。 刃はボロボロで斬るという行為が可能なのか怪しい程だ。 スピードはかなりあるが、健と比べると… 既にフィルリアから太鼓判を貰っている健にそんなナイフで勝てるはずもなく難なく取り押さえられる。 「ぐっ!」 「なんだ。声はでるんじゃないか。 グラン様。どうされますか?」 「んー…」 健に上から乗られて取り押さえられている女の子の目は未だ死んでいる。 どこからの刺客なのか、殺す事だけが目的なのか、そもそも誰かからの刺客なのかタダの物取りなのかさえ分からない。 「これはお前のか?」 「………」 「グラン様がお聞きになっているのに無反応とは…死にたいのですね?」 「待て待て!焦るな! ジャイル。取り敢えず縛ってくれ。」 「分かりました。」 女の子とはいえ刃を向けた相手だ。 健の時とは違ってここまで反応の無い者だと対処に困る。 健が初めて来た時にはその目に生きたいと言っている力を感じたが、この子にそれは無い。 読めない相手となるとそのまま放置したり逃がしたりは出来ない。 健は後ろ手に縛り上げて柱に括り付ける。 小さな女の子を柱に縛り付けるという見た目には非常に宜しくない状況ではあるが、現状では最善だろう。 普通ならば痛めつけたりするのだろうが、多分この子にその手は通用しない。痛みがこの子をこの様に変えてしまったのならばより深い闇に貶めるだけだ。 俺はこの女の子の前にどかっと座ってただその子の目を見つめた。 「…………」 「………」 凛と健には外すように言ってある。 最初はもちろん危険だからと猛反対されたが、なんとか引いてもらった。 互いに無言。 完全に声のない静かな状況で俺は飽きること無くその女の子の目を見つめ続けた。 最初は俺の事を不思議に思っていたのか俺の目を見つめ返してきていた女の子だが、次第に居心地が悪くなってきたのか目を逸らしたり、下を向いたりする様になってくる。 それでも無言で見つめていると、今度はソワソワしだす。 何時間もそれを続けていると、遂に女の子の口が開く。 「な、なんで見つめてるの?」 「喋ってもらいたくてね。」 「だったらそう言えば良いのに。」 「そう言っても君は喋らないだろ?」 「……」 「せっかく喋ってくれたんだ。少し話をしよう。 俺の名前はグラン。グラン-フルカルト。」 「……」 「別に自己紹介しなくても知ってるかもしれないけどな。 さっきの二人は俺の従者をやってくれている、ティーシャとジャイルだ。」 「知ってる…」 「まぁだよな。」 「何が聞きたいの?」 「んー……君は……」 「………」 「この紐で髪を縛ってたのか?」 「え?」 「この紐だよ。汚れちゃいるけど大切に使っていた様に見えるからな。誰かに貰ったのか?」 「………」 「言いたくないか。まぁ良いけど。 大切なものなら返すけど捕縛を解くわけにもいかないからどうやって結んでたのか知りたくてさ。」 「……」 「また喋らなくなるのか? なら、勝手に縛らせてもらうとしようかな。」 「やめろ!触るな!!」 「良いから良いから。」 「触るな!!このっ!!」 「そんな事しても無駄無駄。俺はわりと強いからね。」 「くっ!!」 「うんうん。よし。これでいい。さっきより幾分マシだ。」 「解け!!」 「髪を?縄を?」 「両方だ!!殺してやる!!」 「なんで髪を結んだくらいで殺されるんだよ。 ん?元々殺しに来たのか。なら間違ってないのか?」 「解けーー!!」 「その縄は俺の作った縄だからそんな簡単には切れないぞ。特別製だからな。 それよりやっと感情を見せてくれたな。怒ったし、腹減らないか?」 「解け解けー!!」 「だよな!腹減るよなー。確かこの辺にー…お、あった。」 「な、なんだそれ?!」 「これか?ティーシャの作ったお菓子だ。美味いんだぞ?食べるだろ?」 「や、やめろ!来るな!」 「良いから一口食ってみろって。美味いから。毒なんて入ってないから。」 「やめろ!来るな!!」 「ふふふ。なんか面白くなってきた。」 「ちょっ…来るな!やめろーー!!」 「はい。食べてねー。」 「ぐ……」 「口開けて。無理矢理でも良いんだぞ?」 「触るな!」 「なら仕方ないね?」 「な、なんだ?!何をする?!や、やめあーーー?!」 「ふふふ。魔法で口を開けさせたのさ!さ、噛んで飲み込んで。」 「んーー!!んーー!!」 「それも出そうとしても無駄だぞ?魔法で口を閉じてるからな。」 「んーー!!んーー………ん?」 「ほら。美味いだろ?」 「………もぐもぐ…」 「もう一個いるか?」 「…………」 「よし。無理矢理いこうか。」 「ひっ?!」 なんだか楽しくなってしまって無理矢理食わせ続ける。 「どうだ?美味かったろ?」 「………うん…」 「だよなー!ティーシャの料理は世界一だと思うんだよなー。」 「私に食事を与えてもいいのか?」 「え?なんで?」 「私は……刺客だぞ。」 「刺客だったのか。なら尚更いいんじゃないか?」 「なんでだ?」 「どんな生活をしてきたのかわからんけど、多分お前を送り込んで来た奴はお前が死んでもどうとでもなると考えてんだろ?」 「……」 「じゃなきゃこんな女の子を一人で突入させるなんて無謀な事をさせるわけないからな。」 「それと食事になんの関係があるんだ。」 「あるだろ。死んでも良いと捨てられたとしても君は人間。戻っても殺されるしここで暴れても死ぬ運命なんて可哀想だろ?だから俺が生かす。なんてな。」 「意味が分からないし…話が繋がってないぞ。」 「まぁなんとなくだからな。結局自分でもなんでこうしてるのか分かってないからな。」 「なんだそれは…」 「良いんだって。皆死ぬよりマシだろ?」 「私は別に死んでも構わない。もう生きる理由がこの世には無いから…」 「生きる意味?………その紐か?」 「…………これは…私の友のものだ…」 「へぇ。友達いるのか。」 「いた…だよ。もう死んだ…ううん。私が殺した。」 「友達を?なんで?」 「それしか無かったから…」 「究極の選択だな…なんでそんなことになったんだ?」 「それが私の役割だから。」 「役割?そんな大層なもんがあるのか?」 「大層なもの?」 「そりゃそうだろ?人が生きる上で役割なんて無いのに君にはあるわけだろ?」 「役割が…無い?」 「無いぞ?俺だって色々大変だけどそれが役割だからなんて思った事無いからな。」 「……」 「なんだ?」 「……いや……」 「死ぬなんて勿体ないしもうちょい生きてみないか?」 「………」 「何か気がかりがあるなら俺達がなんとかしてみるぞ?どうせここには長くは居ないしな。」 「……」 「ま、考えてみてくれ。」 誰かからの刺客。という事は分かったが、それが誰からのかは分からない。 口振りからすると国が絡んでいる様な大きな話では無いとは思うが、断言出来ない以上早めに結論を出してもらう必要がある。 これから外に向かうと言うのにその誰かを無理に突き止める必要は無い。 もしこの子が本当は違う生き方をしたいと望むならそれなりに動くつもりではいるが…
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