第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

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次の日の朝、女の子が俺に話をし始めた。 「……ねぇ。」 「ん?」 「少し聞いてくれる?」 「良いぞ。」 「…私は……名前が無いの。」 「名前が無い?」 「生まれた時からかは知らないけど、気が付いたらあそこにいた。 あの暗い牢屋の中に。」 「……」 「親が捨てたのか、どこかから攫われてきたのかすら分からない。分からないし関係ない。 体が動くようになってからは毎日毎日何かを殺し続けてた。 小動物、小型のモンスター、檻の中に放り込まれたそれらを小さなナイフ一本で殺すの。 同じ様な子達が何人かいた。牢屋は一つじゃ無かったから。」 「その子達も同じ様に?」 「うん。 それで、ある時牢屋に放り込まれたのは人間の赤ちゃん。」 「赤ん坊?!」 「うん。最初は嫌だったけど…それで時間内に殺せないと、兵士が来て殴られる。 それでも殺せないと……」 「……殺されるのか…」 「そう。だから皆殺した。誰の子供かも分からない。」 「どんな鬼畜野郎だよ…」 「でも、皆同じだったから…檻の中にいても話をしたんだ。特に仲が良かったのは隣にいた女の子。2番って呼ばれてた。 私は3番。」 「……」 「2番の顔は見た事無かったけどさ…同じ様に感じてお互いに支え合ってた…気がする。」 「友達ってのは…その2番か?」 「うん。それからは毎日人間が放り込まれた。 赤ちゃんから少しずつ大きくなっていくんだ。」 「……」 「同じくらいの子供だったり、お兄さんお姉さん、大人になっていくんだ。 人間は皆私と同じナイフを持ってた。」 「戦ったのか…」 「うん。皆ね。 大人から兵士になって、相手の武器が剣や槍になるんだ。それでも私達はナイフしかない。」 「この小さなナイフ1本か…」 「うん。 そうなるとね。少しずつ檻の中にいる子が減っていくんだよ。一人一人声が聞こえなくなる。」 「……辛いな…」 「最初はね。でも途中から皆何も喋らなくなるんだ。死んだ事を知りたくなくて…」 「……」 「でも私と2番は毎日少しだけでも話してた…明日も生き残ろうって… でも、そうやって毎日誰かを殺してきて、殺す事が簡単に感じる様になった時にね。子供が来たの。ずっと大人だったのにね。 1人の女の子。」 「……まさか…」 「そ。すぐ分かった。顔も見たこと無かったのにね。2番だって。」 「……」 「最初はお互いに動けなかった。 でも、2番は襲ってきた。私と同じそんなナイフで…」 「戦ったのか…2番と…」 「……ううん。戦ってない。」 「え?どう言うことだ?」 「私がナイフを受けようと構えたらね。 自分からそのナイフを掴んで胸に刺したの。」 「……」 「言われたよ。今まで生きてこられたのは3番のお陰だからって… そんなの私も同じなのに…… 口から血を吐いて倒れた2番を見て思ったんだ。あぁ、私は2番と一緒に死んだんだなって…」 「この紐は2番の?」 「そ。2番が着けてた髪を結ぶ紐。」 「……」 「その時知ったけど沢山いた仲間は全員死んでて残ったのは私達だけだった。 2番が死んで私はもうどうでも良くなったんだ。殺すのも死ぬのもどうでも良い。」 「なんで死ななかったんだ?」 「分からない…誰かに殺して欲しかったのかもね。」 「君の人生を体験したわけじゃないから何も言えないけど…それ程の事をされながらなんで言いなりになってるんだ?見たところ奴隷というわけでもなさそうだけど?」 「私達の胸には杭が仕込まれているんだよ。主人の命に背いたと知られれば即座に心臓に食い込む杭。奴隷より融通が効くけど、命は握られている。」 「……タチが悪いな。」 「そんな奴だよ。あいつは。」 「その杭。未だ帰らないとなればいつ発動してもおかしくないんじゃないのか?」 「まぁ…そうだね。」 「その杭。抜いてやれるとしたら。 君はどうやって生きて行きたいんだ?」 「そんな事は出来ない。そう言う魔法を使ってあるからね。」 「もしもの話だよ。もしも。」 「……そうだね……分からないよ。もし抜けたとしても私はこの生き方以外は知らないから。 一生あいつの犬として生きていくかもしれない。」 「………どっか行きたい所とかやりたい事とか無いのか?」 「無いかな…強いて言えば…あんな主人より貴方のような人に使われてみたかったかな。こんな殺す為の技術が役に立つとは思えないけど…」 「…………」 「グラン様。」 「ティーシャ。どうした?」 耳打ちで教えてくれた事は大方予想通り。 この子が帰らない事でより多くの人間が襲ってきた。という事だ。 実際は家の周辺を固めている所らしいが、乗り込んでくるのも時間の問題だろう。 「どこの奴らか分かるか?」 「恐らくブリトー家の者たちかと…」 「分かるのか?」 「フィルリアさんに教わった貴族の紋章にあったので。」 「紋章?」 「はい。鎧を着た兵士達のマントに紋章が入っています。」 「暗殺じゃなくて堂々と正面から来るのか。」 「貴族として危険因子を排斥するとか言いそうですね。」 「それにしてもなんでブリトー家の奴らが?」 「それは貴方が魔法を作ったからだよ。」 「俺が?」 「フィルリアの成果として申請されているけど、少し調べれば直ぐに分かること。この家によく出入りしてたしね。」 「俺が魔法を作ったとしてなんでブリトー家が俺を?」 「貴方が魔法を作った事で、魔法でのし上がってきたブリトー家の価値が一気に下がったんだよ。その恨み。」 「逆恨みもいいところですね。」 「俺達の事がバレたわけでは無い事は救いだけどな。」 「バレて?」 「俺と…というか俺は国から追われてるんだよ。この国かは分からないけどな。」 「なんでそんな事に…?」 「魔力量が多すぎた。それだけだ。それだけで親を殺された。このティーシャの親もな…」 「………」 「さて、時間が無いな。君はどうする?」 「私は…どうする事も出来ないよ。捕まってるしね。」 「……その杭。抜いてやろうか?」 「え?」 「俺なら多分抜けるぞ。」 「そんな事…」 「出来るぞ。」 「……」 「そいつを抜いたら君は自由だ。逃げるなりなんなりして幸せに暮らせばいい。」 「………」 「好きにするといいさ。」 「グラン様…?」 「大丈夫。もう彼女は俺達を襲わないさ。な?」 「……約束する。」 「な?」 「はぁ……本当にお人好しなんですから…」 「俺の長所だろ?」 「分かりました。お手伝いします。」 「いつも助かるよ。ティーシャ。」 俺は女の子の縄を解く。 突然ナイフを突き立てられ…なんて事は無い。 大人しく俺の言う事を聞いて杭を見せてくれる。 確かに胸の中心部に杭が刺さっている。 黒い杭を取り巻くように、禍々しい赤い筋が脈打ちながら胸へと繋がっている。 「これは呪いの類か?」 「みたいですね。かなり強いものですよ。」 「だから言った。無理だって。」 「それは違います。確かに呪いは強いものですけど、グラン様にとってはそれ程難しいものではありませんよ。」 「え?」 「いけそうだな。」 「はい。」 俺は杭に手を掛ける。 手には硬質な杭の感触が伝わってくる。 「痛いぞ。」 「……分かったよ。」 俺はその杭を力一杯引き抜く。 ブチブチと何かが引きちぎれる様な音が聞こえてくる。 「ぐぁぁあああ!!」 痛みに声を張り上げ、体を仰け反らせる。 それでも一気に引き抜く必要がある。 呪いを解呪しつつ引き抜くのだ。 凛も解呪を手伝ってくれている。 傷跡は残るが、血が吹き出すという事は無いはず。 「ぐぁ……あぁぁぁああああ!!」 ズリュリと引き抜く。 あまりの痛さに一瞬気を失ったのか女の子は倒れかける。 それを受け止めて胸を見ると、成功した様だ。 「どうだ?スッキリしたろ?」 「………本当に……本当に抜けたの?」 「あぁ。ほら。」 「…………ありがとう……ございます…」 「さ、逃げな。後のことは俺達に任せておけば大丈夫だから。これからは幸せに暮らせるように願ってるよ。」 「………」 「どうした?ブリトー達が来る前に早く。」 「……………行かなければ……ダメですか?」 「………さっきも言ったけど、俺達は追われている身だ。ついてきてしまえばその生活に巻き込む事になる。幸せとは程遠い生活だ。」 「分かっています…でも、私は貴方の……グラン様の傍に居たいです。」 「………辛い生活になるぞ?それに、そのままじゃダメだ。もっと強くなる為に、これまでより厳しい生活になるぞ?」 「覚悟の上です。」 「……ほんと俺ってそういう真っ直ぐな目に弱いよなぁ…」 「グラン様はそれで良いと思いますよ。昔からずっと変わりません。」 「ティーシャが言うんだからこのままで良いのかもなぁ…まぁ。これからよろしくな。」 「はい!!」 「そうなると名前が必要だな。」 「3番でも大丈夫ですよ?」 「それじゃ味気ないし何より俺達が嫌だからな。何か思い付かないか?」 「グラン様がつけてください!」 「俺が?良いのか?」 「その方が嬉しいです!」 「そっか……そうだな……プリネラってのはどうだ?」 「プリネラですか?」 「あまり知られていないが、山岳部に生える花でな。小さな白い花なんだ。」 「見た事はありませんが、聞いたことはあります。確か必ず二輪の花が咲くんですよね?」 「あぁ。だから友情や愛情を表現する際の花として、山岳部では用いられる事が多いらしいぞ。 その花を2番に供えてやれると良いかなって思ったんだよ。墓は無いだろうけど気持ちでな。」 「………はい。プリネラ…今日から私はプリネラです!」 「そうと決まれば次は…」 「家の者!!出てこい!!」 「お出ましだ。」 近所に丸聞こえの大音声。 ほとほと貴族という生き物が嫌いになってきた。 強く叩かれるドア。 正直放置しておこうかと思ったが、今まで世話になった家がこの暴徒共に荒らされるのは癪に障る。 「どちら様ですか?」 「我々はブリトー様に仕える者だ。ブリトー様が出頭する様にとの事だ。行くぞ。」 「え?嫌だけど?」 「は?」 「だから嫌だって言ったんだよ。会いたいならブリトーとやらが来たら良いだろ?なんでわざわざ俺達が足を運ぶ必要があるんだ?」 「自分達が何を言っているのか分かっているのか?!」 「おかしなこと言ったか?」 「いえ?私には至って普通の事だと思いますが?」 「来ないと言い張るのだな?」 「あぁ。悪いけど帰ってくれ。礼儀も知らない奴に会うつもりは無い。」 「き、貴様……良かろう。では悪いが強制的に連行させてもらう!!」 いきなり数十人いた兵士達が抜剣。 窓や扉の隙間から見ていた近所の住民達は慌てて隠れたらしい。 とばっちりは御免だわな。 「おいおい。ここは住宅街だぞ。こんな所で抜剣とか…本当にブリトーとやらは礼儀を知らんらしいな。」 「一度ならず二度までも……その言葉を吐いたことを後悔しろ!!」 正面で話をしていた兵士が剣を振る。 こちらも喧嘩腰だったから強くは言えないが、暗殺対象だったわけだし、殺しても構わないと言われていたのだろう。 ブンッ 振り下ろされた剣は俺には届かなかった。 俺の目の前には健が立っている。 健に与えた刀は鍛錬を入念に行った一振。 強度が全く違う刃を合わせれば弱い方がどうなるか素人でも容易に想像出来るはずだ。 「な、なんだその剣は…?!そんな細身の剣で私の……いや、魔法だな!?なんと卑怯な!!」 「いや、卑怯って…いきなり斬り掛かる奴に言われたかねぇよ。それにこれは魔法じゃねぇ。うちの主様はそこいらの奴らより数段凄いんでね。」 「や、やれ!お前達!やれぇ!!」 「はいはい。そんじゃ行きますかね。」 結局家の真ん前で大戦乱。 健が武器や防具を切り裂き、凛が魔法で無力化していく。 俺の出番はまったく無いらしい。 結局は数分でカタがついてしまった。 こんな場所だし一人も死んではいないが、武器や防具等多くの物を失った兵士達が地面に転がって唸っている。 「ぐっ……」 「なぁ。そのブリトーってのに伝えておいてくれないか?俺達は明日にでもここを発つつもりだ。これ以上手出ししてこないならこちらからは何もしない。 これ以上手出ししてくるようなら今度は屋敷までお邪魔させてもらうって。」 嫌味たらしく微笑んでやると顔を青くして脱兎のごとく帰還していった。 「まったく…ここともお別れだってのに最後の最後で来訪した相手があれってのは嫌になるね。」 「静かにしているはずなんですけどね…」 「それよりプリネラ。もう大丈夫だぞ。」 「……」 「ブリトーの奴らはお前の事なんか一言も言わなかったな。」 「既に死んだものとして考えてるんだと思います。」 「それなら尚更好都合だな。これからは俺達と一緒に生きていくぞ。」 「………はい!!」
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