第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

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次の日。 「はぁ…本当に行っちゃうのね…」 「あぁ。でもまた会いに来るから。」 「うん。分かってるわ。気を付けてね。」 「あぁ。」 フィルリアに見送られてジゼトルスを出る。 プリネラの事は話していない。 これはプリネラからの願いだった。 あまり人に自分の存在を明かしたくないとの事だったためフィルリアには黙っておいた。 何か気が付いているような感じはしたが、フィルリアの事だから何も聞かないでいてくれたんだと思う。 ジゼトルスを出ると南にあるドワーフの国、首都テイキビに向かう。 馬車はフィルリアが用意してくれると言っていたが、プリネラを鍛える為この旅路を使おうと考えていた俺は歩いていくことに決めた。 行く道はモンスターも出てくる上場所によってはかなり危険だ。 プリネラを鍛えるには良い旅路だ。 本道を通ると色々な人に見られて目立つため側道を行く。 村々を繋ぐ細い道で人通りは無くはないが一日に一回人を見かければ良い方だ。 そんな道を進むとなるとかなりの確率でモンスターに遭遇する。 その全てをプリネラ一人に任せる。 勿論危ないと判断した場合は手を貸すが、死なない程度であれば完全に放置する。 プリネラは確かに強い。 ジゼトルスの兵士の平均の強さが分からないが、恐らくトリッキーな戦い方で考えれば平均以上。 隠密、ナイフによる暗殺術等は秀でている。 だが、あくまでも兵士基準。 フィルリア基準で言えば…… という事でモンスターは任せた上で毎日俺達3人による戦闘訓練を行った。 初めは健にも凛にもまったく懐かず、俺の傍から離れようとしなかったが、命令口調で二人の指導を受けろと言ったところでやっと指導を受けることになった。 見たところ懐いていないと言うよりは人見知りだと思うが… 「お、お願いします!!」 「こちらこそ。と言っても俺は完全に独学だからな。それがプリネラに当てはまるか分からん。 そこで勝手に吸収してくれ。」 「勝手に吸収…ですか?」 「とにかく俺と手合わせしてその中から必要な技術があれば勝手に盗め。教えるのは俺には無理だ。」 「言い切りますね…」 「そう言うのは性にあわないからな。」 「分かりました!」 「よし!行くぞ!」 健らしいと言えばらしいのだろうが、技術を盗むどころかまったくスピードにもパワーにも追いついて行かずボコボコにされて終わる。 「うぅ…」 「ちゃんと避けないからだろ?」 「速すぎてわからないですよー…」 「ったく…ほら。」 「あ、ありがとうございます……」 「次はティーシャの番だな。気を付けろよ?あいつは容赦ないからな。」 「聞こえてますよ。」 「げっ?!」 「何を勘違いしているのか分からないですけど、別に怖いことなんか無いですよ。普通に教えますからね。 さっき見せてもらった限りプリネラには少しだけど闇魔法を使う素養があると思います。」 「私が…魔法ですか?」 「闇魔法自体は珍しい物だけど魔力もあるし普通に使えると思いますよ。」 「し、信じられません…」 「まずは魔法を発動させるところから始めましょう。」 凛は健とは対照的で手取り足取りと言った感じで丁寧に説明を挟みながら教えている。 元々優しい性格だし、健の様に体育会系の教え方している凛は流石に想像できないから当たり前なのかもしれないが。 魔法の属性の中でも光魔法と闇魔法は使う事が難しいと言われている。 要因は簡単で物体では無いからだ。 感じる事が出来ないものを操るというのは非常に難しく、適性があっても使えないという人もかなりいる。 光と闇に関する化学的な理解が無いこの世界ではそれも当たり前だろう。 幸い魔法の窓から見た化学の世界では既にその理解も進んでいるため俺は難なく使える。その理解を凛にも共有する事で使える様になっているし安心して見ていられる。 とは言えそんなに簡単に使えるはずもないので暫く掛かりそうだが。 そして最後は俺の番。 「お願いします!!」 「あぁ。そんじゃ始めるかね。」 「何をするんですか?」 「そうだな…どうしたい?」 「え?私ですか?」 「ここからテイキビまではいくらか時間がある。だが、十分とは言えない。テイキビまでに戦える様になる超ハードコースと優しめのソフトコースがあるけど。」 「……超ハードコースでお願いします!」 「いいのか?本当に辛いぞ?」 「望む所です!」 「よし。分かった。それじゃあまずはスピードから行こうか。今から俺が魔力がこもった魔法をプリネラに向けて撃ち込む。相当痛い。それを避けろ。」 「それだけですか?」 「それだけ…と言えるかどうかはやってから決めるんだな。」 俺は土魔法で石礫を数十個作り出す。 俺の周りに浮かぶ数十個の石礫を見てプリネラの表情が激変する。 「行くぞ?」 「は……はいぃ!」 次々と飛び掛かる石礫をなんとか避けているプリネラ。 「おいおい。こんなスピードでギリギリか?やる気あんのか?」 「くっ!はっ!」 「どんどんスピード上げてくぞー。」 「あ!いっ!!」 少しスピード上げただけでプリネラは石礫を避ける事が出来なくなりいくつも被弾する。 かなり痛そうだが容赦はしない。 超ハードコース。簡単に言えば避けなければ痛い。出来なければ痛い。つまり超絶痛いコース。 下手すれば死ぬ所まで行くかもしれないが、プリネラの成長に期待しよう。 スピード、魔力、パワー。あらゆる要素を鍛える練習を行う。 気の遠くなる程その訓練を続ける。 来る日も来る日もテイキビに辿り着くまで繰り返される特訓により、いつの日かプリネラは痛みを受け入れるようになってしまった。 俺が特訓中はかなり酷い言い方もしていたし、変なスイッチを押してしまったらしい。 最終的にはかなり動きも上達して共に戦っていくだけの力を手に入れられたのだが、プリネラが、避けられる攻撃をわざと受けて痛みを求めに行く事もあった。 気にしていなかったが、健と凛に対してプリネラはあまり心を開いていなかったらしい。 そんな風には見えなかったが、2人はそう感じていたと聞いた。 しかし、手合わせして健と凛に本気で向かって行ってボコボコにされた時から2人を兄様、姉様と慕っており、忠犬の如く二人の言う事にも従った。 ドM覚醒したとはいえ、三人の攻撃以外はちゃんと避けるため、そこは良かったのだが…良かったのだろうか…? わざと変な事を言ってツッコミとして攻撃を受け、愉悦の表情を浮かべるプリネラはかなり恐怖だ… 自由になって自分の付き従うべき相手を見つけ、その人からの痛みには愛があるから痛くない。とか言ってたが…いや、深く考えるのは止めておこう。きっと考えてしまってはいけない世界だ。 プリネラは隠密や闇魔法を習得した事で異界の忍者と呼ばれる存在に酷似した存在になった。 そこで旅の途中作っていた短刀を完成させ、凛が作ったくノ一衣装と合わせて送ることにした。 短刀というのか小太刀というのか分からないがとにかく刀の短いバージョン。黒を基調とした作りで健のもつ刀と遜色ない出来だ。 「さてと。プリネラ。」 「はい?」 「そろそろテイキビだ。ここまでよく頑張ったし腕も上がった。そこでお祝いにこれから着る服と武器を渡す。」 「服に武器ですか?!」 「武器は俺が、服はティーシャが作った物だ。異界のくノ一という隠密が得意な女性を参考にしたんだ。気にいるかわからないが使ってくれ。」 「ありがとうございます!! これは……あまり見ない作りの服ですね?」 「着方は私が教えますので安心してください。下には鎖帷子を着るといいですよ。」 「分かりました!」 「そんでこいつが武器だ。」 「黒い…短剣ですか?にしてはツバも無いですし変わった形ですね。」 「抜いてみろ。」 「はい………こ、これは……刀ですか?」 「あぁ。健の持っているものより短いものだ。小回りがきくし取り回しやすい。 ツバが付いていないのはそもそも刃を合わせる事を想定してないからだ。」 「ショートソードと言うよりは少し長いナイフといった感じですか?」 「その認識で大丈夫だ。ただ、ナイフよりずっと硬いし切れ味も良いからな。片刃で使い方も独特だから練習してくれ。」 「分かりました!大事に使いますね!! この子に名前はあるんですか?」 「一応名は黒椿と彫ってある。」 「黒椿……分かりました。」 「気に入ってくれてよかったよ。」 「気に入るに決まってるじゃないですか?!皆さんからの贈り物ですよ?!」 「はは。良かったよ。 それで、これからの事なんだが…プリネラには隠密として動いて欲しい。」 「と言いますと?」 「裏で動いて欲しいって事だな。」 「それは得意ですし、そもそもそのつもりなので任せてください。」 「助かるよ。」 「助けていただいたのは私の方ですけどね。これからは私にお任せ下さい。」 こうしてプリネラは俺達と行動を共にする事になった。
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