第二章 ドワーフの国 -テイキビ-

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「はっ!」 惜しい所までは来ている気がする。 相手の動きを読んでその動きに合わせてムーブオーラを矢にかけ、放つ。 簡単に思えるかもしれないけど、動く相手に当てるのはかなり難しい。 イービルボアの後方で跳ね上がったり、前方で跳ね上がったり、そもそもイービルボアの体の下を通らなかったり。 自分の至らなさがより一層浮き彫りになっている。 プリネラさんはそんな私を見ているだけで手を出す気は無いみたいだ。 残りの矢は三本。 ほかの矢は全て折れてしまった。 鼻息を荒くして前足で地面を引っ掻くように動かすイービルボア。 その巨体がまたしても私に向かって走り出す。 「このっ!」 放った矢はイービルボアの牙に弾かれて折れてしまう。 「うっ!」 避けきれずイービルボアの突進を受けてしまう。 直撃では無かったけど、軽く数メートルは吹き飛んだ。 全身に浮遊感とそれすら感じさせない程の痛みが走る。 大木に打ち付けられて呼吸が出来ない。 全身から血の気が引くように感じる。 「……ゴホッ!……ゴホッ!」 やっと息が出来たと思ったら今度は全身が軋むように痛い。 口の中に血の味が広がるけど、骨や内臓はなんとか守れた。 文字通り死にかけたけれど… 畳み掛けるように突進してくるイービルボアを転がるように躱す。 イービルボアが引き返してくる前になんとか体を起こす。 突進のせいで矢が一本折れてしまった。 つまり残りは一本。 この絶望的な状況で、最悪のコンディションで当てなければならないらしい。 「はぁ……はぁ……」 痛みで回らない頭を無理矢理働かせる。 最後の一本。当てなければならないし、次の突進を避けられる体力は多分もう無い。 イービルボアはまだまだ元気のようだけど… 突進が来る。 最後の一本… 「1……2……ここ!!」 軌道は大丈夫。 矢はイービルボアの腹の下へと向かっていく。 両足の間に入った矢は角度を変えて上昇する。 正直当たったのか見えなかった。 イービルボアの突進が止まらない所を見ると外れてしまったようだ。 体力も底を着いてしまった。 「ごめん…なさい…」 私の視界は暗転。その場に倒れてしまった。 プリネラとリーシャがイービルボアの討伐に向かって暫く経つ。 プリネラがついているから最悪の事態にはならないとは思うが、心配は心配だ。 勧めた本人が言うのもなんだが、リーシャの腕ではギリギリ勝てるかどうか。 そのままでは絶対に勝てないが、何かに気付いて策を講じたら勝てるはず。 「そんなにソワソワするなら見に行ったらいいじゃないかよ。」 「いやー。やれと言った身だから格好悪いじゃないか。」 「まったく…ん?帰ってきたみたいだぞ。」 リーシャはプリネラに支えられる様にして歩いてきた。 「や、やりました。」 「…そうか。よくやったな。」 「ありがとうございます。」 「真琴様はリーシャが行ってからソワソワしっぱなしだったからなー。良かったな。」 「本当ですか?」 「おい?!健?!」 「んだよ。事実だろ?」 「それを言うなよ?!」 「言わなくても皆分かってたと思いますけど…リーシャ。手当てしますのでこちらに。」 「凛まで?!」 何故か虐められた気分だ… 「マコト様。」 「ん?」 「リーシャの事を見ていた時なんだけど…」 「何かあったのか?」 「ううん。何かあったわけじゃ無いんだけど…」 「どうした?」 「誰かに見られていた気がする。」 「……」 「見られていた…となるとジゼトルス…か?」 「ブリトーの口ぶりからしてジゼトルスから追われていることは確かだとは思うが、ジゼトルスだけとは限らない。 全てジゼトルスと結び付けるのは止めよう。」 「他の国からも?」 「可能性は十分ある。」 「……」 「それにあれだけ出てくる時にこっぴどくやったしブリトーの奴が個人的に何かしてきているのかもしれないしな。」 「ブリトーか…」 「プリネラ。悪いが少し探ってみてくれないか?」 「わかりましたー!」 プリネラは姿を隠す事で偵察として動いてくれる。 それでも何も無ければ気のせい…という事になるが、そんな楽観的に物事を眺められる様な神経はしていない。 どこからの手かは分からないにしても間違いなく手は伸びてきているはずだ。 俺達の旅も急いだ方が良いかもしれない。 「手当て終わりました。特別大きな怪我は無さそうですね。」 「そうか。良かったよ。」 「…何かありました?」 「周りに気を付けた方が良さそうだ。」 「……分かりました。リーシャにも伝えておきます。」 「あー。ほんと暇な奴らだな。」 「だな。」 「テイキビまでに何かあると思うか?」 「中に入ったら手を出しにくくなるだろうし間違いなく何かはあるだろうな。」 「嫌になるな。」 「ほんとに。」 未だ見えないテイキビの方角を見る。 何が来ようととりあえずは今日の事だ。 野営の準備を済ませ、沈んでいく太陽を眺めているとリーシャが隣に座る。 「マコト様。」 「ん?」 「あの…ありがとうございました…」 「何がだ?」 「マコト様がヒントをくださっていなければイービルボアの討伐は成りませんでした。」 「なんの事だか分からないけど…どこかに転がっていたヒントを活かしたのはリーシャ自身だ。 俺は何もしてないよ。」 「……はい。」 首に巻かれた枷に手をやり、下を向くリーシャ。長い緑色の髪が耳から滑り落ち、その奥に笑みが見える。 それからリーシャは色々な事を試すようになった。 より上手く弓を使えるようになりたいと何度も相談されたし、出来る限り力になろうとした。 その成果なのか、リーシャの弓の腕はみるみる上達し苦戦を強いられていたモンスターも難なく討伐してくる様になった。 途中からは誰も着いていかずとも1人でモンスターの討伐をこなしていた。 プリネラは誰かに見られている気がすると伝えてくれてからずっと裏方として動いてくれている。 とは言うものの特に何かあったという事は無く、順調に旅は進んでいた。 しかし、そろそろ旅も終盤に差し掛かったかと思っていた時に動きがあった。 「そろそろテイキビも近くなってきたしこの旅も終わりだな。」 「最後まで気を抜くなよ。」 「分かってるさ。来るならそろそろだろ?」 「目的地が近付いて気が抜け始めた今が危ないからな。」 星空の下、パチパチと鳴る火を囲んで座っていると、背中に冷たさを感じる。 殺気と言うやつだろうか? どちらにしても遂に相手が動いたらしい。 突然暗闇の中から先端の尖った石槍が数本飛んでくる。 今まで目の前にいたはずの健が俺の後ろに立ち、その全ての石槍を刀で叩き落としていた。 貫通力の高い土魔法であるストーンランスだが、側面から叩かれれば弱い。 暗闇の中から数人の人影が現れる。 どうやら全員魔法使いの様だ。 剣も腰に下げている所を見ると魔法剣士だろう。 不意打ち…という事は騎士とは真逆の奴ら。 「いきなり物騒な奴らだな。」 「……」 無言で抜剣し、月明かりを反射して鈍く光る刃をこちらへ向けてくる。 全員顔を隠しているためどこの誰かは全く分からない。 ジゼトルス関係の人間なのか、それともまた別なのか。 どちらにしても命を狙われている事に変わりはない。 俺も直ぐに杖を抜いて戦闘体勢をとる。 人数で言えば圧倒的に不利。 一人で数人は相手にしなければならない。 半円状に相手は陣取り、逃がしはしないという強い意志を感じる。 殺される気はもちろん無い。 相手の魔法は間違いなく殺そうとした一撃。なんの躊躇も無い一撃を叩き込める精神の持ち主達だ。 「来るぞ!」 健が叫ぶとほぼ同時に、相手の半数が剣を抜き、残りの半数は魔法を放つ準備を始める。 ただボーっと眺めているだけでは無い。 健が接近してくる敵影の前に躍り出る。 健一人で相手できる数では無いしそもそも健が対応出来る範囲に入らずこちらに向かってくる奴らもいる。 暗闇に赤い線が走った。 すると、そのうちの数人が突然足をもつれさせた様に前のめりに倒れ込む。 リーシャが的確に額を弓で撃ち抜いたのだ。 矢を額に受けた人影は一瞬にして体を炎に包まれる。 リーシャの腕が良くてそいつらは安堵しただろう。 生きたまま炎に包まれる事は無かったのだから。 凛の元に向かって来た奴らは突然身長が低くなった。 と言うより凛の作り出した底なし沼にハマったらしい。 スワンプフィールド。第四位の広域系土魔法。魔力が足りず沼の範囲と深さが足りないが、それは問題にはならない。 自分の魔力量をしっかりと把握している凛がその事を想定していないわけが無い。 つまり、この魔法は相手の動きを止めるだけのトラップ。 「ウィンドカッター。」 低く冷たい凛の声が聞こえると、沼に足を取られてオロオロしていた人影の首が沼にドチャリと落ちる。 吹き出した血が沼に染み渡り真っ赤に染る。 残念ながら相手の魔法は発動が遅く彼らを守る事が出来なかったらしい。 やっと完成した魔法が後方から放たれる。 色とりどりの魔法陣が光ると数多の攻撃魔法が飛来する。 「ブラックホール。」 俺が使ったのは第五位の闇魔法。 求心力が強い球体を作り出す魔法だ。 本来この魔法は特殊な物で、使える者が少ないらしい。 そもそもイメージをしにくい闇魔法の中でも難度が高い魔法という事だ。 そのため使えたとしても拳大の球体を作り出すに留まるらしい。 しかしながら、俺の作り出したブラックホールはその域を大きく逸脱していた。 俺と相手のハスラーの間、上空に出現した黒く大きな球体に全ての攻撃魔法が吸い込まれて行く。 もちろんこのブラックホールで相手を殺傷する事は可能だが、魔力消費の大きな魔法である事に加えて、本来は広域系魔法では無い物を力任せに広域系魔法として使用しているため、より消耗が激しくなっている。 つまり作り出せても数秒。 全ての攻撃魔法を無効化した後に何事も無かったかのようにブラックホールは消失し、また星空が戻ってくる。 時が止まったかと思う程の一瞬の静寂が辺りを包む。 ボボッという炎の燃え上がる音が聞こえた。 健の周りが炎によって赤く光っている。 外套の魔石を使ったのだろう。 ふわふわと三つの炎が健の周りを漂っている。 この世界でなければ不気味にも見えるだろう。 健はその状態で残った人影に斬り掛かる。 火の玉がふわふわとしているため健の刀と火の玉両方を気にしなければならずかなり戦いにくそうだ。 驚くべきはむしろその状態の健に瞬殺されない事にある。 戦闘技術が高いのか、身体強化の魔法が強いのかは分からないが数人で取り囲んで接戦を繰り広げている。 リーシャと凛にも数人がまとわりついているがなんとか対処出来ている。 俺達の実力をしっかりと把握しての襲撃らしい。 何故か俺には他の皆よりキツめにマークが着いている。 この中では記憶が戻りつつあるにしろ戦闘経験は少ない方なんだが… 相手の動きを見る限りそんな事も言っていられそうには無い。 覆面の下から覗く眼光は俺達を殺そうという意志を感じる。
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