序章 魔法との出会い

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序章 魔法との出会い

「くぉーらー!灰崎 真琴(はいさき まこと)ー!」 突然後ろから首に腕を巻き付けられる。 坊主頭でこのうるさい……明るい剣道部は俺の唯一と言っていい友達。 「なんだ。人のことをフルネームで呼ぶ我が友、新谷 健(しんたに けん)よ。」 「人の名前をフルネームで呼ぶんじゃねぇ!」 「いや、お前が始めた事だろ?!」 「んー。そうだったか?」 「健。本気で言うぞ。一度病院に行くべきだ。」 「マジな顔で言うな!ちょっと泣きそうになるわ!」 「んで。なんだよ。」 「お前今日も凛(りん)ちゃんに弁当作って貰ってんだろ?少し分けろ!」 「俺は構わんが…後で凛に怒られるのはお前だぞ?」 「ぐ……あのまるで道端のゴミを見るような目…耐えられねぇ!!」 「そんな目するか?」 「お前には分からねぇんだよ!くそー!! 高校一年のマドンナ的存在!神代 凛(かみしろ りん)だぞ?! そんな見目麗しい女性にあんな目をされてみろ!死にたくなるぞ!」 「大人しいだけで大和撫子的な扱いされてるって事だろ?」 「ちっがーーーう!!イッツ!!ちっがーーーう!!」 「これぞ和洋折衷。」 「そう!俺こそ和と洋を兼ね備えた男!!って違うわーーー!!」 「何がだ?」 「あれ?なんだっけ?」 「健よ。良い医者を知っているんだ。一緒に行こう。な?」 「そ、そうだな……ってやかましいわ!!」 「ただのジョークだ。これぞ まこと のジョーク。」 「〇ね!」 「〇を付けても良くないよ。そう言うの。」 「まったく…凛ちゃんは無口だが、あのキレイな黒髪とそこから覗く美顔に皆心酔しているんだ。分かるか?」 「いや、分からん。」 「あー!もー!これだから真琴わ!真琴はこれだから!」 「そう人の名前を呼ぶものじゃないぞ。もぐもぐ。」 「話の途中から飯を食うな!!」 「うむ。美味だ。」 「かー!羨ましい奴ー!俺なんて毎日コンビニのパンだってのに!」 「分けて欲しいのか?」 「お恵みください。」 「よろしい。ではこの…」 「あれ?なんかこの辺温度下がらなかったか?」 「う、うむ。」 「真琴様?」 「あ、あー……凛。こんにちは!」 教室の端で食べている俺達の背後の扉から入ってきたまるで日本人形のような女性は俺の幼馴染み。 サラサラの黒髪を腰まで伸ばし、蓮を型どった髪飾りがちょこんと乗っている。 小さな鼻に薄い唇。二重のキレイな目。 背は女性の中でも低い方だが、その存在感は確かに大きい。 「はい。こんにちは。 それで?何をしているのですか?」 「え?!あー…そのー…弁当美味しいなーって喜んでいたところです。な?!健!!」 「はい!その通りであります!」 「そうですか。私が毎朝早くに起きて愛情を込めて作ったおかずを人に食べさせようとしている所に見えたもので…」 「そそそそそそそんな事ないよなー?」 「無い無い!全然無い!」 「そうですか。良かったです。それで?どれがお好みでしたか?」 「なんと言ってもやっぱりこのウイン……じゃなくてこの梅ぼ……じゃなくて、この卵焼きがな!」 「まぁ!嬉しいです!」 「サンキュー健。」 「前の2つは素材だバカ!」 「なるほど…」 「何かお話ですか?」 「んー?!いや!なんでもないぞー!」 「うんうん!」 「そうですか?」 「どこが無口なんだ?」 「真琴といない時はってことだ。」 「な、に、か。お話ですか?」 「あー…いや、健が凛は俺といない時は無口だって言ってたからそうなのかなぁってさ。」 「真琴様といない時ですか?………」 シュッとした顎に人差し指を当てて考える様は実に画になる。 「真琴様の美しい黒髪や、切れ長の目を想像しているだけですよ。」 「俺のことかよ…」 「私にとって真琴様以外の事など特に意味がありませので。」 そう言って笑う笑顔には1ミリも迷いはない。 幼馴染みと言うだけなのにここまで言うのは何故なのか俺は未だに理解できない。 「はぁ…凛ちゃん本当に真琴のこと好きなんだなぁ?」 「はい。」 「迷いゼロか。」 「迷う必要がありませんので。」 「凛ちゃんファンが今のを聞いたら真琴は夜道歩けなくなるかもな。」 「勘弁してくれよ。」 「それだけ人気なんだよ。」 「ふーん。」 「そんな事より聞いたか?この付近で起きた事件のこと。」 「事件?」 「あぁ。俺も噂を耳にした程度だから詳しくは知らないけど、最近この辺りで夜中に不自然な火災事故が起きてるらしいぞ。」 「不自然な?放火って事か?」 「それが別に建物とかじゃなくてただの道端とか川辺とかでな。なんでそんな所でって場所で火災事故が起きてるらしいぞ、」 「火災事故って事は被害者とかいるのか?」 「あぁ。全員高校生だってよ。」 「高校生?」 「しかも男ばっかりらしい。」 「男に恨みでもあるヤツの犯行ってことか?」 「そこまでは分からん。なんでも酷い火傷で病院に運び込まれるらしいぞ。」 「物騒な話だな。」 「俺達も気をつけねぇと事件に巻き込まれるかもしれねぇぞ。」 「そうだな。つってもなにをどう気をつけたら良いんだ?人気のない場所を歩かないとかか?」 「まぁそんくらいしかやれる事なんか無いわな。」 「だよなー。……ん?どした凛?」 凛がいつになく真剣な顔で考え込んでいるように見えた。 「……いえ……真琴様。本当に気をつけましょう。」 「え?あぁ。そりゃ気を付けるが……まぁいつも登下校は凛と健と一緒だしなんかあれば2人で凛を逃がすくらいなんとかするが…」 「そうではなく!自分が逃げて下さい!」 「え?お、おぉ…分かったから落ち着け?」 凛が珍しく…というかこんなに真剣に大声を出したのを初めて見たかもしれない。 教室で昼食を摂っていた他の生徒達が驚いてこっちを振り向く程だ。 「す、すみません…」 「まぁ心配してくれるのは嬉しいしありがとな。」 この時凛が何故それ程大声を出したのかを知るのは少し後の事だった。 その日のカリキュラムが終了し、健、凛、そして俺は3人でいつもの様に下校した。 健とは家が近いわけじゃないが方向が同じなのでいつも途中まで一緒に帰る。 家までは距離があるが、3人で話しながらだと割と短く感じるものだ。 商店街を抜け、辺りが住宅街へと移り変わる。 閑静な場所にある小さな公園。 砂場に滑り台にブランコ。 見慣れた光景だ。 時間が時間であり人影は一切なく、静かなものだ。 ふと公園の入口を通り過ぎる時に反対に見える入口に目がいく。 そこに全身を黒い服で固めた女性が立っていた。 何よりその女性の髪が真っ赤な事に驚いた。 赤毛とかそんな話ではない。 本当に真っ赤だった。 染めたりカツラでそんな髪色を見た事があるが、それとは何か違ってその女性の髪はそれが普通の色であるかのように見えた。 それが逆に不思議だった。 あまり見ても失礼かと目を逸らすが、その時その女性の口が笑っていたように見えた。 健と凛は気付いていないらしくいつもの様に軽いノリで喋っている。 チリッ まるで何かが燃えようとしている音が公園から聞こえた気がした。 その瞬間に背筋を悪寒が通り抜ける。 咄嗟に俺は凛と健に飛びつく様に前に押し倒す。 俺も倒れるが、最善だと思った。 ドゴォン その瞬間に公園の垣根か吹き飛び、道路と歩道を遮る柵が無くなり、道向かいの家の塀が真っ黒になっている。 なにが起きているのかまったく理解できない。 柵を見る限り高温で溶けた様に見える。 昼間に健が話していた放火の話を思い出す。 一体何が… すると破壊された公園の中から先程見た赤髪の女性がぬっと出てくる。 「……見つけた…」 全身の毛が逆立った。 女性の笑顔に恐怖を覚えた。 歪としか言い表せないその表情は俺に向けられていた。 ゴウッ 突然女性の手に炎が燃あがる。 「え?」 手品の類でないことはすぐに分かった。 女性の表情に皆を楽しませようなんて考えがある様には見えない。 むしろその逆。 殺人鬼の顔なんて見た事無いが、きっとこんな顔なんだろうと思える顔をしていた。 「凛!!!」 「分かっています!!」 突然凛に腕を引っ張られる。 「真琴様!!こちらへ!!」 「は?いや、健は?!」 「大丈夫です!」 「いや、大丈夫なわけないだろ?!置いていけるかよ!」 「真琴!!行け!!!」 「健?!」 振り返ると健はどこから出したのか刀を持っている。 しかも真剣。 剣道やってるとは聞いていたが、そんな程度で相手に出来るようなもんじゃないはず。 「無理だ!置いていくなんて!」 「良いから行けって!行って凛に聞くんだ!いや、思い出すんだ!!」 「何を言って…うぉっ?!」 凛に引っ張られてよろける様に走り出す。 「健なら大丈夫です!今はとにかく走って下さい!」 「一体何が?!」 「後で話します!速く!」 わけも分からないまま走り出し、凛の言われる通りに進む。 別に運動が得意では無いし息も切れる。 「はぁ…はぁ…」 「着きました!中へ!早く!」 凛が連れてきたのは街外れにある人気のない工事現場。 ずっと工事中の場所だ。 こんな所に何が? 凛は中に入るとその中の一室に入る。 続いて入るが別に何かある様には見えない。 「………」 凛が何か言ったように聞こえるが、聞き取れない。 パッと何か凛の手元で光った様に見えたがそれはすぐに消えた。 「一体どうなってんだ?」 「……真琴様。申し訳ございません。」 「え?なんで凛が謝ってるんだ?」 「私達がお守りしなければならないはずが、むしろ助けて頂いたなど……」 「いや、言ってることさっぱりなんだが?守る?一体なんの話を…」 ドゴォン 外で大きな音がする。 さっきの女性か?! 「追ってきたのか…凛。お前だけでも…」 「真琴様。」 「なんだ……何してんだ?!」 振り返ると凛は上の制服の前をはだけている。 純白の何かがみえてしまっているのだが…いや、見てない。断じて見てないぞ。 しかしそんな事お構い無しに凛は俺の手を取る。 「おいおい!なんだこの状況は?!」 「真琴様。今こそお返し致します。どうか。お戻りください。」 凛はよく分からない事を言うと俺の手を凛の胸の中心に押し当てる。 柔らかくなんて無い!そうこれはマショマロなんだ! 目を瞑っていたが、突然激しい閃光がまぶたの奥から感じられる。 何事かと目を開くと凛の胸の中心から真っ白な光を放つキューブが出てくる。 いや、そんな構造に人はなってないはずだが?! そのキューブは宙に浮きながら俺の目の前に来ると、パカリと開く。 その瞬間に俺の中に何かがドッと押し寄せてくる。 これは……記憶? まるでアルバムを開いてその写真から思い出している様に俺の中に無かった思い出がグルグルと頭を回る。 「な、なんだ…これは……」 「真琴様の過去です。」 「俺の…過去…?」 「真琴様は魔法使い。それも最強になるべき人でした。」 「魔法使い…?」 「ここではない世界で育ち、その膨大な魔力と知識を危険だと考え、体が発達するまで全てを封印する事にしたのです。」 「……」 「私と健は貴方様の従者。守り人です。 今は私の中にあった分しか思い出せませんが…」 「いや、なんとなく分かった。 記憶の箱は全部で11個。俺は自分で自分から魔力と記憶を抜き取ってそれに収めて信用出来る人に託した。」 「その通りです。」 「……魔法の事もなんとなく分かる。 さっきの女性は俺の魔力と知識を狙ってきた奴か?」 「はい。健が抑えていますが…」 「さっきやってたのはこの部屋を魔法から守る為だよな?」 「はい。」 「ぶっつけ本番だが…やるしかないよな。」 「真琴様であれば大丈夫です。」 「頑張らせてもらうよ。」 健の事も凛の事も思い出した。 全部では無いしどんな存在かは分かる程度だが。 「行こう。」 「はい!」 ガチャ 扉を開けると目の前に制服の至る所を焦げ付かせ、刀を構える健の姿がある。 構える先にはもちろんあの女性。 「健。待たせたな。」 「戻ったのか?!」 「あぁ。まだ火の魔法しか使えないしほとんど魔力も戻ってないが、戦えるくらいにはな。」 「それなら安心だぜ。」 「安心するには早くないか?」 「真琴様はそんだけすげぇんだよ。」 「お前が様付けると違和感あるな。」 「俺と凛の主だからな。呼び捨てはできねぇよ。」 「タメ口と合わさると違和感半端ないが…なんか懐かしい感じだ。」 「そいつは良かった。懐かしいついでにあいつに魔法をぶち込んでくれるとありがたいんだが?」 「ちっ…戻ったか…」 「真琴様!」 俺の前に凛と健が立ちはだかる。 「従者のくせに邪魔くさい奴らね。」 「従者の仕事を全う出来て光栄だよ。」 「まぁいい。まだ一つだ。魔力も少ないはず。今のうちに死んでもらう。」 「させるかよ!」 前に飛び出した健、刀を構えて相手の女性に向かっていく。 「はっ!剣士風情が上級魔道士である私に勝てるとでも思っているのか!!死ねぇ!」 「させません!ウォーターシールド!!」 凛が手をかざすと健の目の前に水の壁が出来る。 それに当たった女の火の玉はジューと言う音と水蒸気をあげて消える。 そしてその隙に近づいていた健の刀が振り下ろされる。 「ちっ!」 刀を躱すように後ろに下がった女。 「出来損ないのくせに生意気な。」 「……」 凛が出来損ない?何の話だ? 「まぁいい。私の目的はお前達には関係ないからな。」 ふっと女の頭上に赤い魔法陣が浮き上がる。 「しまった!隠していたか!」 「真琴様!」 「遅い!ファイヤーアロー!」 魔法陣がから一本の大きな炎の槍が出現する。 それが俺の方へと向かってくる。 確かに記憶は多少戻ったし魔法についても割とすんなりと受け止められている。 しかし自分を殺そうという魔法が向かってくる状況が怖いと思わないわけではない。 「逃げて下さい!!」 だがこの女が俺を殺そうと、捕まえるというのであればこれから先も必ずこういった状況は何度もあるはずだ。 ならここでビビって逃げ出したら次は死ぬかもしれない。 次は大丈夫でもその次は? つまりビビってる場合じゃない。 戻った記憶によれば魔法とは、想像したものを創造する力。 言い換えれば想像力次第でなんでも出来るような力だ。 属性という概念があり、使える魔法は一人につき基本は一つの属性。 中には二つ三つ使える人がいるが、俺は火、水、木、土、光、闇の六つ全てを使える。 使える魔法の属性により髪の色が決まるらしく、全てを使える俺は黒色というわけだ。 つまり凛も全属性を使える。 魔法を使えない人も普通にいる。 使えない人達は全て黒色の髪になる。 作り出す形状や特性によって魔法同士に相性があったりする。 それを上手く使ったため凛のウォーターシールドが女の攻撃を止められた。 魔力量に依存しない相性さえ掴めればこの炎の槍でさえ簡単に止められる。 俺は飛翔している炎の槍に向かって手をかざす。 今戻ってきた魔法は火のみ。 つまり火の魔法を火の魔法で何とかするしかないわけだ。 魔力量は…比較した事が無いから分からん。 飛んでくる火の槍に火を使って対抗すると考えると… 咄嗟に出した答え、それは実に単純な話だ。 槍の両脇に炎を道のように灯すだけだ。 「はっ!全然関係ない所に炎を出して何してるの!?死になさい!!」 炎の槍はその道の間を通って俺に向かってくる。 避ける時間も運動神経もない。 どんどんと迫ってくる炎の槍にもうダメかとおもった瞬間。 まさに顔の数センチ先で炎の槍がふっと消える。 炎の槍のすぐ側で火を燃やす事により酸素を使い切ったのだ。 酸素が少ない空間に入ってきた槍は燃えることが出来ずに消滅したわけだ。 「間に合ったか…」 「なっ?!なんで?!」 「次は…こうだ!」 俺は女の周りにドーム状の炎の網を掛ける。 死ぬ事が怖いと感じる様にもちろん殺す事も怖いと感じる。 直接的な事は出来ない。 「ちっ!こんなもの!」 女は自分の炎で炎の網を突き破ろうとする。 炎の網は脅し程度のつもりだったため簡単に破壊されてしまう。 「こんなものか!!弱い弱……え?」 女の鳩尾から突き出した刀の刃が血に濡れて光を反射している。 「ごふっ……お、お前…」 「悪いな。俺は真琴様程優しくないんでね。」 「このガキがぁーー!!」 ザシュッ 振り返り炎を作り出そうとした女の首がゴロリと地面に落ちる。 ピューっと血が残った体から吹き出し、フラフラと左右に揺れた後、どさりと地面に横たわる。
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