第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

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第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅲ

「え、えーっと……何故俺は抱きつかれているんだ?」 いきなり抱きつかれて困惑している俺をそれでも尚抱きしめ続けるフィルリア。 ギルド内でも有名な巨にゅ…もとい、魅力的な女性でありSランク冒険者として有名なフィルリア。 冒険者達の間で囁かれていた噂ではあまり喋らず、いつも一人で依頼をこなし、感情的になる事は少ないとの事だったのだが… いつしかフィルリアに近づこうとする男は殺されるなんて言われるようになっていたらしいが、そんなフィルリアが男をこれでもかと抱きしめ、しかも離さない。 未開の地に侵入し埋められている俺を恨まぬはずなど無く、男達は羨望と絶望と憎しみの目を俺に向けている。 「あ、あの…フィルリアさん…お久しぶりですが…そろそろ離して頂かないと真琴様が…」 「あ!ご、ごめんなさい!」 「ぶはぁーーー!!!し、死ぬかと思ったーー!!」 完全に首に腕を回しこまれてロックされた俺は振りほどくことが出来なかった。人の胸…言い方が悪いな。スライムさんに殺される時が来るとは思わなかった。 なんか絞め技に似たようなものがあった気が… 「大きくなったわね……」 「え?あー…うん?あまり覚えてないけど…」 「そうだったわね。さ、行きましょう。」 「え?!ちょっ!どこへ?!」 「何を言っているのよ。私の家よ。」 「待て待て待て!何故そうなる?!」 「久しぶりに会ったのよ?とりあえずお持ち帰りしておかないと。」 「言い方!?」 「フィルリアさん。嬉しいのは分かりますが、一度落ち着きましょう。とりあえず真琴様から手を離して杖をお持ち下さい。」 「しょうがないわね…」 やっと離れてくれたフィルリアは青い髪がウェーブしたロング。 細い目と薄い唇に胸元が空いた割と大胆な服を着ている。 特徴的なのは魔女と言われて思い浮かぶ様な大きな帽子に大きな杖を持っている事だ。 長くシルクのような生地の服で美しいという言葉が当てはまる人だ。 「マコトって言うのね。」 「あぁ。こっちは凛。で、健だ。」 「分かったわ。えっと、とりあえず出ましょう。」 「それには大賛成だな。」 受ける視線に殺気が混じり始めたのでさっさと退散する。 フィルリアの行きつけの店で個室を借りる。 それよりずっと健が黙ったまま下を向いているが…どうしたんだ? 「さて、何から聞こうかしら?」 「私の方から今までの事をお話しますね。」 凛が日本での生活、こっちに来てからのこと、ジルとガリタの事など掻い摘んで簡単に話す。 「それじゃあこっちに来てから暫く経つのね?」 「あぁ。フィルリアを探してたけど依頼で外に出てるって聞いてな。こっちはこっちで色々とやってたって事。」 「そっかぁ。なんか損した気分ね。」 「なんだそりゃ。」 「そのジルちゃんとガリタちゃんは?」 「今は討伐したレッドスネークが壊した採掘場の事で話をしにギルドマスターについて行ってるんだよ。」 「そっか。あそこは国の管轄だものね。」 「フィルリアさんはあれからどうされていたのですか?」 「マコト達が向こうに行った後も暫くは教師をしていたわ。 それでも国からの招集だとか、暗殺だとかが酷くてね。子供達まで危険に晒すといけないから辞めたのよ。 それで冒険者に戻ったの。」 「なんか、すまないな。」 「マコトのせいじゃないわ。全部あいつらが悪いのよ。だから貴方が気に病む必要なんて塵程も無いのよ。」 「あ、ありがとう。」 何かにつけて頭を撫でてくるフィルリア。 なんか恥ずかしい。 「その後はずっと冒険者を?」 「えぇ。ずっと国の連中がうるさかったけど、諦めたらしくて最近は一切来なくなったわね。」 「しつこいですね。」 「本当よ!あいつら私のマコトにこれ以上何かしたら許さないんだから!」 「私のは違いますね。」 「私のよ。」 「ち!が!い!ま!す!」 「何よ。あれだけ一緒にいて何も出来なかったくせに。」 「うっ…し、してますもーん!」 「な?!なななななにしたのよ!」 「教えませーん!」 「きぃーー!!」 「おい。これなんだ?」 「2人とも昔から真琴様を取り合ってあんな感じで喧嘩するんだよ。と言うより俺に話しかけるな。」 「ん?なんだよ?」 「良いから!」 「けーーーんーーー??」 「は、はいぃ!!!」 「どうしたの?何か私がしたかしら?」 「いえ!滅相もございません!今日もお美しい限りです!」 背筋ピーン!って…マジでどしたの?健さんよ。 「お世辞なんて必要ないわ。ほら、思っている事を言ってごらんなさい?」 「い、いえ!何もありません!」 「健のやつどうしたんだ?」 「健のその後のことなんですけど、毎日の様にボコボコにされまして、気が付いたらあんな風になってました。」 「あー…教官みたいな感じになってんのか…」 「あれから数年経つんですが、抜けないものなんですね…」 「なんでそんなに恐縮してるのよ?私が怖いみたいじゃないの。マコトに変な印象を持たせちゃうでしょ?」 「い、いえ!フィルリアさんは常に優しくお美しいです!」 「それより、フィルリアから俺が渡したものを返してもらおうと思っているんだが、大丈夫か?」 「元々預かっていただけのものだもの。直ぐにでも返したいけれど…ここじゃあまり良くないわね。」 「それもそうだな… 今からジル達が帰ってきた後に武器屋に行く予定なんだが、その後どこかに行くってのは?」 「そうね。それならやっぱり私の家に来なさい。あそこなら邪魔も入らないし大丈夫よ。」 「分かった。じゃあ用事が済んだら向かうから家の場所だけ教えてくれないか?」 「何を言っているのよ?私も一緒に行くわよ。」 「え?!」 「何よ?嫌なの?」 「いや、嫌では無いけど…ジル達もいるしな…」 「会いたいと思ってたから丁度いいわ。」 「お、おう…」 「どこで待ち合わせてるの?」 「俺達の泊まってる宿にだけど。」 「そっか…あの家はもう無くなっちゃったもんね。」 フィルリアが言っているのは健が忍び込んで俺達と初めて会った時の家だ。 もちろんまだあったとしてもそんな危険な場所には行けないが。 「じゃあ一先ずマコト達の泊まってる宿に行きましょ!」 「なんか凄いことになってきたなー…」 結局強引に着いてきたフィルリア。 もちろん宿に泊まっている人達も、テイジもフィルリアの事は知っていて大騒ぎ寸前の所まで行った。 そうなる前にテイジに押し込まれるように自室に入ってなんとか事なきを得た。 「はぁ…びっくりした…」 「どこ行ってもあんな風に騒がれるのか?」 「うーん…最近はそうゆうのも無くなってきたんだけど…ここは特別みたいね。」 「嫌な特別だな…」 コンコン 「開いてるよー。」 ガチャ 「あ、ジル、ガリタ。おかえり。」 「なんか下で凄い騒ぎになってたけど何かあった……の……かぁぁあ?!」 「フィルリアさん?!」 「なぁに?」 「あ!いえ!ビックリしてお名前を呼んでしまっただけです!すいません!」 「あら、そうなのね。大丈夫よ。」 「いやー。ギルドでばったり会ってな。着いてくる事になってしまった。」 「どうも、フィルリアよ。」 「私はジルです!」 「わわわわ私はガリタです!」 「貴方達が一緒に冒険者やってくれている子達ね。」 「は、はい!」 「ありがとう。感謝するわ。」 「わわわ!」 ガリタはフィルリアに頭を撫でられてふわふわしている。 「今から武器屋に行くんだってね?」 「はい!」 「私も連れて行ってもらってもいいかな?」 「もちろんです!」 「ありがとう。」 「あわわわ!」 「ガリタって人見知りじゃなかったか?」 「そのはずなんだけど…完全に攻略されてるな。」 完全にフィルリアに懐いたガリタと共に武器屋に向かう。 「おぅ!帰ったか!!」 「あぁ。ほらよ。ペングタイトだ。」 「お!!こりゃ上物じゃねぇか!」 「そうなのか?」 「ペングタイトってのは普通はこんな風に仄かに光ったりしねぇんだ。純度が高い結晶でないとこうはならねぇ。」 「へぇ。」 「しかもこんなに…良いのか?」 「気にするな。」 異空間収集ににまだ沢山あるし。とは言えない。 「ありがてぇ!よっしゃ!そんじゃ武器出してくれ!すぐやってやる!」 全員分の武器を渡す。 俺だけとの約束だと言われるかと思ったら気前よく受け取ってくれた。 それだけやってもお釣りが来るくらいの上物らしい。 「そうだな。数時間掛かるからまた明日来てくれ。」 「頼む。」 「任せとけ!」 「結局明日になっちゃったね。」 「まぁ全員分だしな。な?来ても詰まらなかったろ?」 「そんな事ないわよ!皆といられて楽しいわ!」 「何故そんなに眩しい笑顔……そして何故腕を組んでくるんだ。」 「離れてください!」 「いーや!」 「もー!……は!そうだ!」 「おい。何故凛まで腕を組んでくるんだ。」 「好きだからです。」 「直球過ぎませんか?!」 「それよりこれからどうするんだ?」 「あ、私とガリタはちょっと用事があるから抜けたいんだが、大丈夫か?」 「もちろん。じゃあまたな。」 「あぁ。」 「それなら今からうちに来なさいな。受け取りたいものがあるでしょ?」 「じゃあお言葉に甘えようかな。」 フィルリアに着いていくことになり、全員でフィルリアの家に向かう。 Sランク冒険者の家だ。どんな豪華な所に住んでいるのかと思っていたら、どんどんと中心地から離れていく。 遂には北門から外に出てしまった。 不思議に思いつつも着いていくと、北西の方向へと向かっていく。 少し歩くと小さな森があり、その中に入っていく。 そしてその中心地に質素ながら生活感の溢れる家が現れる。 「街の外に住んでるのか?」 「中に居た時に毎日兵士達が来るから嫌気が差して外に移ったのよ。でも住んでみるとなかなか良いわよ?静かだし、好きな様に過ごせるし。」 「モンスターは大丈夫なのか?」 「Sランク冒険者なのよ?」 「ん。愚問だったな。」 「さ、入って入って!」 木の扉を開いて中に入ると紅茶の様ないい匂いが漂ってくる。 「いい匂いだな。」 「紅茶の葉を乾燥させてるのよ。」 「へぇ。自分で作ってるのか?」 「趣味みたいなものだけどね。」 「これだけやれれば趣味の範疇は越えてるだろ。」 「うふふ。ありがとう。さ、飲んでみて。」 「お、ありがとう。どれどれ………うん!うまい!!」 「あ、本当だ…美味しい。」 「確かに…何かが違う様な気がする…」 「やはり筋肉バカには分からないですか…」 「分かるわ!………多分。」 「それより今は真琴様です。」 「そうだったわね。マコト。こちらへ。」 「あぁ。」 フィルリアがそっと俺の手をとると、優しい手つきでダブルビッグスライムの中心地に俺の掌を押し当てる。 これはただのスライム。そうスライムなんだ… と自分に言い聞かせているとフワッとフィルリアの胸から白く四角い箱が現れる。 凛の時と同じだ。 それがパカリと開くと世界が白く染まる。
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