第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

1/5
1752人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ

第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

マージ村。その東の端に一際大きな屋敷が建っている。 ビリンド-ハイカシ。 それがこの馬鹿みたいに大きな屋敷に住む主人の名だ。 そして、ここにプリネラと言うくノ一がいるはずだ。 日が暮れるのを待って屋敷を訪れる。 大きな門の前には二人の門番が立っている。 全身鎧に身を包み、手には槍を持っている。 どれも金のかかった装備だと言う事は子供でも一目で分かる。 静かに侵入しても、派手に侵入しても、結局このビリンド-ハイカシと言う男と対峙した時点で俺達のジゼトルスでの生活は終わりを迎える。 それならば別にコソコソする必要も無いかと堂々と4人で門へと向かう。 この屋敷に関わる奴らは皆ビリンドからの甘い汁を吸って、この村で唯一美味しい思いをしている連中だ。 はいどうぞお通り下さい。とはいかないだろう。 「お前達何者だ。ここはビリンド-ハイカシ様の屋敷。許可無く立ち入るな。」 「ここに隠密が得意な女がいるだろ?」 「なんの事だ?そんな奴はいない。さっさと立ち去れ。」 「知ってても教えるわけないか。」 「さっさと立ち去れ!さもなくばこの場で処罰を下すぞ!!」 「それは困るから抵抗させてもらおうかな。」 杖を振ると二人の門番の足元から水が湧き上がるように生成され、肩まですっぽりと覆ってしまう。 「魔法か?!くそっ!離せ!!」 「静かにしててくれよ。」 もう一度杖を振る。 バキィン 「な、なんだこれは?!氷?!」 門番に取り付いていた水が完全に凍ってしまう。 「くっ…離せ!!」 「風邪ひかないようにな。」 「ま、待て!おい!」 二人の間を通り抜けて門を通過する。 「氷魔法ですか?」 「前に少し試したら凍ったからな。それで思いついたんだ。」 「一部の人が使える魔法と言われていますが…」 「簡単な原理だぞ? 熱ってのは突き詰めれば空気中の分子とかが活発に動いている事によって起きるから、逆にその振動とかを止めただけだ。」 「止めただけ…とは言いますが…未だ誰にも解けていない謎とされているのですが…」 「そうなの?魔力は結構使うから効率よく使わないといけないしあまり人気が無いだけかと思ってた。」 「そもそも真琴様の言う無属性の魔法という概念自体がありませんので。」 「あぁ…そうか。風魔法も使える人がほとんど居ないんだっけか?」 「はい。」 「少し考えたら分かりそうなものなのにな?」 「化学を知らなければ気が付かないものなのでしょうか?」 「そのうち気付く奴も現われるんじゃないか?俺は魔法自体使えないからなんとも言えんけど、少しずつ魔法も進歩してんだろ?」 「そうですね。見たことの無い魔道具なんかもいくつかありましたし。」 「んじゃ先取りって感じだな。」 「流行の最先端だな。」 話しながら門の先に広がる庭園を歩いていたが、特に誰とも会わない。 普通これくらい大きな屋敷になると庭園にも何人かの兵を配置すると思うのだが… 「誰もいませんね。」 「いないならいないで別に問題は無いけどな。」 「そこの奴ら!!何者だ!!」 突然声を掛けられる。 屋敷の周辺にのみ兵が配置されているらしい。普通こんな所に乗り込んでくる奴はいないし屋敷周辺の警護で十分という考えだったのだろう。 いないと思っていたらさっきの門番とよく似た…というか同じ格好の奴らが立っている。 許可なく立ち入った時点で不審者確定。 ゾロゾロと出てくる出てくる。 10人近い鎧のお兄さん達が集まってきた。 「ここにプリネラって女がいるだろ?」 「プリネラ?知らないな。」 「俺達はそのプリネラってのに用があるだけなんだがな。」 「知らない。と言っているだろ?」 「…だよな。まぁ勝手に調べさせてもらうよ。」 「させるわけ無いだろ!おい!かかれ!!」 鎧姿の男性諸君に囲まれて嬉しいなんて趣味は無いし御免蒙る。 「健。」 「あいよ。 恨みは無いが、すまんな。」 健が刀を抜こうとした瞬間の事だった。 「お久しぶりですーーーーーーーーーー!!!!!!」 突然屋敷の二階部分から何か小さな黒い塊が大音量で叫びながら落ちてくる。 「ぷぎゃ!!!!」 健が鞘で、凛が木の盾でその黒い何かを俺の目の前で止める。 顔面に鞘を、腹で盾を受けて止まった勢い。 黒い何かは地面に落ちると顔と腹を覆って悶絶している。 記憶の中で見たくノ一。 長い黒髪を左手にサイドテールで結んでいる。 背は小さいがぱっちりした目と赤くなった小さな鼻が可愛らしい。意外と胸は大き…… 「兄様と姉様もお元気なようで……」 「いきなり真琴様に飛びかかる奴はお前くらいのもんだ。」 「お久しぶりですからね!取り敢えず抱擁を!」 「取り敢えずで抱擁しないで下さい。」 「ぷぎゃ!!」 二人に更に追い討ちを掛けられる。 「お、おい。そんなことして大丈夫なのか…?」 「あ、大丈夫ですよ。」 「ぐへへ…兄様も姉様も変わらず容赦がありません…」 「な、なんで気持ちよさそうなんだ…?」 「こいつは重度のドM。だからむしろご褒美だな。」 「えぇ……」 こんな可愛い小動物の様な女の子がドMとは… 「何をしているんだ!?」 「あ、忘れてた…」 完全に空気が変わったことで忘れていたが、俺達は今鎧のお兄さん達と一悶着中だった。 突然降ってきたプリネラが衝撃的過ぎて鎧のお兄さん達も反応が遅れたらしい。 鎧を着たお兄さん達が槍をこちらに向けて構える。 今の今までまるで小動物かの様に可愛らしかったプリネラが突然ゾクリと背筋が凍るほどの殺気を放つ。 「誰に…誰に刃を向けているの?」 その目は多くの人を殺してきた者のそれだ。 冒険者をやっているとそう言う奴らもたまに見かけるし盗賊なんかをやってる奴らにはそんな目をした奴も多い。 「どうした?」 その時突然屋敷の扉が開き中から他の兵士より一回り大きな男が出てくる。 全身鎧に背中に携えた大剣が目を引く。 兵士達のまとめ役と言った感じだろうか。 「た、隊長!」 「プリネラさんが!」 「一体これはどう言うことだ?プリネラ。ハイカシ様の護衛であるお前が我々に剣を向けるとは。」 「どう言うことって言われても…私の大切な人達に剣を向けたから殺そうと思ったんだよ?」 「……本来ならばそっちにプリネラが剣を向けているはずだが?ハイカシ様から金を受け取っているのだろう?」 「お金?うん。受け取ってるけど。それが何か関係あるの?」 プリネラは相手を馬鹿にして挑発しているのかと最初は思った。 激昂した相手と言うのは行動が読みやすくなるし戦いを有利に進める事ができる。 しかしそれは間違っていた。 プリネラは本気で言っている。 ただただ純粋に言われている事が分かっていないのだ。 報酬を受け取っているから果たさなければならない役目がある。 そんな単純な事が分かっていない。 過去どんな事があったのかは分からないが、きっと普通の育ち方はしてきていないだろうと思う。 「……まぁいい。裏切ったからには責任はとってもらうぞ。」 「裏切った?最初から仲間になったなんて思ってないよ?」 「クズが。」 大剣を抜いた隊長がプリネラに襲いかかる。 大きく振り下ろした大剣が庭の地面をごっそりと抉る。 しかしプリネラは既にそこにはおらず隊長の左手に立っている。 プリネラは何故か攻撃もしないで立っているだけだ。 「なんで攻撃してくるの?別に君達の事を殺したいわけじゃないんだよ?」 「言いやがる。」 「そんなに死にたいの?」 「うるせぇ!お前が死ねぇ!!」 ブンブンと重々しく大剣が空を切る音。 正面から受けてしまえばプリネラの様な小さな体は軽々と吹き飛ばされてしまうだろう。 隊長とやらもそれなりに腕に自信がある兵士だろう。 しかしそれをまるで踊るようにヒラヒラと躱し続けてみせるプリネラ。 大剣が振られるスピードよりも速く移動している。 物理的に考えても一生当たらないだろう。 それを分かっているのかいないのか、隊長は延々と大剣を振る。 周りの兵士達はこの戦闘に参加出来るほどの腕が無いのか呆然と見ているだけだ。 まぁあのハリケーンみたいな戦闘に突っ込める奴はなかなかいないとは思うが… 「プリネラ腕を上げたな。」 「そうですね。動きにキレがありますね。」 「へぇ。覚えてないからなんとも言えないけど… ドMという衝撃が強すぎて感覚がおかしくなったのだろうか…」 「何言ってんだよ。プリネラをドMにしたのは他でもない真琴様だぜ?」 「ぶぉ?!なんだそれ?!」 「元々は俺にも凛にも懐かない奴だったんだがな…真琴様が超ドSで虐め抜いた結果ドMに変身を遂げたわけだ。」 「懐かない奴と虐め抜くが繋がらないんだが?!」 「それは俺にも分からないっての。真琴様の考えなんか俺達に理解できるわけないだろ。」 「わ、分からねぇ…」 「それより。そろそろ決着みたいだぞ。」 今まで単に避け続けていたプリネラだったが、腰の後ろに持っていた短刀を抜き取る。 健と同じく刀タイプの武器はこの世界では見た事が無い。 「君達のこと別に嫌いじゃないけど…そこまでされるなら仕方ないよね。」 「うぉおおお!!」 大きく振りかぶった隊長の目の前からプリネラの姿が黒い霧の様になって消えてしまう。 ザクッ 鋭利なものを肉に突き刺した音が聞こえた。 プリネラの持っていた短刀が隊長の首筋に突き刺さった音だ。 抜き取られた部分から勢いよく血が吹き出す。 「隊長!!!」 「プリネラ!!」 「よくもぉ!!」 周りにいた兵士達が一斉にプリネラに襲いかかる。 しかし、隊長ですら手も足も出ない相手を圧倒できるはずもない。 またしても黒い霧の様に消えたプリネラ。 取り囲んでいたはずの兵士達は呆気に取られる。 今まで目の前にいたはずのプリネラが目の前から消えてしまえば誰でも同じ反応になるだろう。 例え隊長が同じ様に殺られたとしても実際に目の前から消えられればどうしたら良いか分からないはずだ。 そんな兵士達を嘲笑うかのように、プリネラは次々と急所を確実に捉え殺していく。 叫ぶ間も無く死へと誘われていく兵士達。 綺麗だった庭園は血みどろに変わっていた。 プリネラの顔は特に感情を持っているようには見えなかった。 ただその必要があったから殺した。 それだけの事とでも言いたげな顔をしていた。 「終わりましたー!」 振り返って俺の方へと向かってくるプリネラの顔はこれ以上無いくらいの笑顔だった。 普通は怖いと感じるだろう。 どこか壊れているのではないかと。 でも何故かプリネラを見て怖いとは思わなかった。 それがプリネラという人間だとどこかで納得していた。 「プリネラ。今は真琴様と名乗っています。私は凛。こっちは健。そしてリーシャです。」 「マコト様ですね!分かりました! それで?この奴隷は?」 「色々あってな。支援系の魔法と弓を使える。仲良くしろよ。」 「分かりました!」 「それよりビリンドはどうなってんだ?」 「これだけ騒いでも出てこないとなると逃げられましたかね?」 「ビリンド-ハイカシなら殺したよ?」 「え?」 「だって私がマコト様の所に行くって言ったら行くなって言って攻撃してきたから。」 「あー。プリネラにそんな事したら確かに良くないな…」 「顔も見ることなくとは…まぁ当初の目的はプリネラと会う事だしまぁ良いか。」 「マコト様から預かっていた箱の事ですか?」 「あぁ。それを受け取りに来たんだ。」 「いつでも大丈夫ですよ!しっかり守ってましたから!」 自慢げに形の良い胸を張るプリネラはどう見てもドMには見えないのだが… 世の中不思議が一杯だ… 「そういや何人かビリンドの奴隷見たけど、それは大丈夫なのか?プリネラの奴隷って事にならないか?」 「あ、それは大丈夫ですよ。殺す前に奴隷を破棄させましたから。」 「そんな事出来るのか?」 「出来ますよ。ただ、フリーの奴隷になると色んな人に狙われたりするので逆に危なくなりますけど。それに破棄すると他にも色々ペナルティがありますから!」 「大丈夫なのか?」 「私が主になるなんて嫌ですからね…大丈夫かは分かりません!」 「無責任過ぎないか?」 「破棄させずにマコト様の奴隷にした方が良かったですか?かなり数が多いですよ?」 「そ、それは困るな…」 「フリーでも生きているだけマシですよ。国に帰るなりここで過ごすなり自分達でなんとかしてもらいます。そこまで面倒見るのは御免です。」 「まぁ…厳しい様だけど仕方ないか…」 「マコト様はこれからどうするんですか?」 「ビリンドはジゼトルスの貴族とも関係が深かったし俺達の事も直ぐにバレるはずだ。 そうなればこの国には居られない。」 「別の国に行くって事ですか?」 「あぁ。一応そのつもりだ。プリネラから箱を受け取ったら次に訪ねるべき人の顔が浮かぶんだが、ジゼトルスの住人じゃ無いことを祈るよ…」 「じゃあ早く渡した方が良いですか?」 「いや、少し落ち着ける場所に行こう。宿に報告しておきたいしな。」 「分かりました!じゃあ行きましょう!ぐぇ?!」 健の刀の鞘がプリネラの頭を直撃する。 「こっちだ馬鹿。」 「さ、さすが兄様…私に快感を与える事のできる数少ない人の一人なだけはありますね…」 「お前が隙だらけだからだ。」 「私の隙をつける人なんてそんなに多くないんですよ?!ごはっ!あ、姉様…突然なんて…」 「あら、ごめんなさい。多くないって聞いたから試してみたくて。」 「このお二人の容赦の無い責め……来る!」 「「来なくて良い!」」 「あふーーーん!!!!」 さっきの戦闘よりも恐怖を感じた気がする。 屋敷を後にしてそのまま宿に直帰した。 「おかえりなさいませ。」 「あぁ。今日も客は少ないな。」 「…はい…」 「そう嘆く事も無くなるな。」 「え?」 「ビリンド-ハイカシが死んだ。」 「……え?!」 「次に貴族が来たとして、そいつが良い奴かは分からないが、取り敢えず今だけは平穏だろうな。」 「ま…まさか皆様が?!」 「やったのはこのプリネラだがな。」 「あ…ありがとうございます!ありがとうございます!!」 「分かった分かった。それより、囚われていた女性達が屋敷にいるんだろ?誰もいないからさっさと助け出してやってくれ。」 「はい!!! あなたーー!!」 「良かったですね?」 「どうだかな。さっき言った様に次はもっと嫌な奴が来るかもしれないしな。」 「不幸を考えても際限なんか無いですよ。」 「まぁ…そうだな。現状打破出来ただけでも良かったと考えておくよ。」 「はい!」 結局屋敷には数人の女性が囚われており、体中に痣が出来ていたらしい。 どんな事をされたかを聞くのは酷な事だろう。 奴隷にされなかっただけでも良かったと思う事にした。 「さてと。早速3つ目の箱を貰うとするか。」 「はい!!」 プリネラは俺の前にポスンと座ると目を閉じる。 いや、目を閉じる必要は全く無いのだが…気分的なものだろうか… プリネラの胸に手を当てると箱が出現してそれが開く。 光に包まれ、記憶の波が押し寄せてくる。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!