第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅱ

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第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅱ

「しゅっぱーつ!」 バチンという音がすると馬が歩を進める。 ドルコト山に向かうため北門から出ると、こっち側には割と人通りがある。 「南門程じゃ無いけど人通りはあるんだな。」 「こっち側には遠いがシャーハンドって国があるんだよ。」 「シャーハンド?」 「エルフの国だ。山を二つ越えなきゃならないけどな。」 「エルフの国かー…ジル達は行ったことあるのか?」 「エルフの国は行ったことないな。」 「エルフと人間はなんと言いますか…仲が悪いので。」 「え?!そうなのか?!」 「はい…憎まれているとまではいかないですけど、あまり良い目で見られないです。」 「ジゼトルスにはエルフの奴隷も多いからな。」 「あぁ…」 あまり気にしないようにはしてきたが、街を歩くと貴族の様な身なりの男が首と手足に枷をさせた布切れを着させただけの格好の奴隷を連れているのを見かけることがある。 亜人と呼ばれる種族が主だ。この街には少ないが獣人も奴隷として見た事があるし、耳の長いエルフの奴隷も何度か見かけた事がある。 「奴隷という制度はこの世界に深く根付いています。冒険者の中には奴隷を使って依頼を受ける者もいるくらいです…」 「俺達にはあまり馴染みのない制度だし見ていると辛いな。」 「はい…」 「すまんな。気分が落ちちまった。切り替えていこう。」 「そうですね。」 ガラガラと馬車が進んでいく。 風景は門を出た時と変わらず見晴らしの良い草原がずっと広がっている。 空には雲がちらほら見えるが雨は降りそうに無い。 「そういや火属性のモンスターは雨降るとどうなるんだ?」 「弱体化しますよ。なので雨の日は洞窟などの中で動かないモンスターが多いですね。 ランクの高い火属性のモンスターは雨くらいでは弱体化しないものもいますので全てというわけではないですが。」 「へぇ。そんじゃ天候とかも加味して作戦立てた方が良いのか。」 「そうですね。依頼によっては雨を待つくらいはするものもありますよ。」 「ドルコト山は危険な所なんだろ?雨を待つのか?」 「確かにモンスターも数多く生息する場所だし危険だが、注意しておくべきモンスターはそれ程多くないぞ。」 「それ以外はそこまで驚異にはならないってことか…その注意しておくべきモンスターってのは?」 「全部で3種だな。一匹目はファイヤーリザード。ランクCのモンスターだ。 火を噴くデカいトカゲだな。人と同じくらいの大きさなんだが、足も速いし口から出る炎は高温でモロに受ければタダじゃ済まない。救いは基本的に単体で動くモンスターってところか。」 「群れる事もあるのか?」 「種を温存する為に強敵と戦う場合は群れる事もあるらしいな。」 「そうなると結構厄介そうだな。」 「まぁ今までも見たことないから大丈夫だと思うぞ。」 「2体目は?」 「フレイムタートル。こいつもランクCだ。炎を纏った亀だな。サイズはそれほど無いが特殊な可燃性のガスを撒き散らし爆発する。 防御力の高さ故に自身にはダメージを受けないが…」 「辺りは爆散するってことか。」 「それも厄介ですね。」 「あぁ。だが最も厄介なのはレッドスネーク。こいつのせいで今回の依頼がBランクになったって言っても過言じゃない。」 「つまりBランクのモンスターって事か?」 「そう言うことだ。火を噴くどデカい赤蛇だ。 もちろんの如く火属性に対する耐性は持っていて、体表は硬い鱗で覆われている。目撃情報は少ないし被害もほとんど無いが、今回もし出会ったら即逃げた方が良い相手だ。」 「そんなやつがいるのかよ…」 「あぁ。人間程度ならサクッと一飲み出来るくらいデカいぞ。」 「出会ったことがあるのか?」 「遠目に見ただけだな。寝てたからその時は直ぐに離れたぞ。と言ってもこいつがいるってことはまず無い。もっと深い場所に巣を作るからな。だが注意は必要だ。」 「分かった。その3種類のモンスターは要注意だな。」 「他のモンスターはそれ程注意する必要は無いですけど、あの山に住んでいるモンスターはほとんどが火に対する耐性を持っていますので気をつけてくださいね。」 「せっかく貰ったこの外套が使えないとはな。」 「今回は火耐性のマント着ていくしどっちにしろ使えないだろ。」 「こいつも火耐性ついてんだろ?」 「こっちのマント程じゃないからな。」 「ちぇー。」 「次までお預けだな。」 「それにしても魔道具を自分で作るなんてマコトほんと頭おかしいな。」 「言い方?!」 「私は一緒に見張りしていたので知ってましたけど、目を疑いましたね。」 「買わなくて良いんだから儲けだろ?」 「着地点がそこかよ。」 「さすがマコトだな。」 「やかましいわい!」 「真琴様?それはなんですか?」 「ん?あぁ。こいつは防具屋で買った革だよ。小さく切ってエンチャントの練習をしようかなって思ってね。」 「エンチャントの練習ですか?」 「そ。エンチャントされた物をいくつか見て気づいたんだけど、エンチャントってのは魔法陣を使って魔法を常時発動させる物って感じなんだよ。」 「??」 「魔道具は魔石に含まれる魔力を使って魔法を発動させてるだろ?」 「はい。」 「エンチャントってのは魔法陣を使って空気中の魔力を使って小さいながらも魔法を常時発動するものなんだと思う。」 「そんな事が可能なんですか?」 「俺の読みが正しければ。だけどな。」 「なるほど…ですが私の革の防具にもこのマントにも魔法陣なんてありませんよ?」 「そりゃ簡単に見える様に作ったらエンチャントする職人は廃業しちゃうだろ。」 「隠されてるって事ですか?」 「そ。魔力を目に集中させるとうっすら見えるはずだけど。」 「目にですか?んー……見える様な見えない様な…」 「コツがあるから最初は難しいかもな。ただ見えたとしてもそれを解読できないと意味は無いけどな。」 「真琴様は既に解読されたのですか?」 「全部とはいかないけど大体な。 使われている魔法陣はどの店でも共通しているし、恐らくだけどライラーに伝えられる魔法陣があってどこも同じなんじゃないかな。」 「たしかにライラーの学校もありますけど、内容までは知りませんね。」 「学校で教えているのかは分からないけど…とにかく、効果と魔法陣が分かれば後は照らし合わせて解読していけば良いだけだしそれ程難しい作業じゃないさ。」 「そ、そうなんですかね…何か物凄い事を言っている気がしますが…」 「凄すぎて私達にはわかんねぇな!!」 「俺も完璧じゃないからこうして実験してるんだろ?とりあえずやってみるかな。」 「どんなエンチャントを?」 「無難に火の属性耐性を付けるつもりだ。革に対し、指先に魔力を集中させ、魔法陣を書く。ここがこうで…こうして…」 「光ってますね。」 「時間とともに薄れていくから手早く描かないとダメみたいだな。 よっと。これで出来たと思うが…」 「見ただけでは分かりませんね。」 ライター程の火を近づけてみると革は見事に焦げ付く。 「ダメだったな。 まぁ最初から成功するとは思ってないしどんどんいくか。」 馬車の後ろで何度も魔法の内容を変えて試してみる。 魔法陣に使われている記号に見えるものは文字でいくつかの単語の組み合わせの様だ。 それを上手くつなげていけば効果は発動するはず。 凛含め他の人にはこの記号の様な字を解読出来ないらしい。 「これだったら…おわっ!」 魔法陣を描き終えると同時に革が燃え尽きる。 「耐性を上げすぎると燃えるのかよ… 火魔法に近づき過ぎるのか…ならこうして…」 何度もトライアンドエラーを繰り返すとマントと同等のエンチャントに成功する。 「凄いです!」 「ま、ここまでは予想通りだよ。こっからがむしろ本番だ。」 「と言うと…マントのエンチャントより良い物を作るのですか?」 「そのつもり。出来るかわからんけどやってみる価値はあるだろ?」 「はい!」 更に何度も繰り返していくうちになんとなく限界点のような物を掴めてくる。 素材によってそれは違うのだろうが、とりあえずいまはそれは置いておく。 「ここが限界点かな。」 「す、凄いです!!全然耐性力が違います!!」 「言い過ぎ。3割増しくらいだろ。」 「3割違ったら全然違うだろ。」 「そうか?」 「どこまで行けると思ってたんだが…」 「よし。そんじゃこいつを革の防具にエンチャントして。おしまいだな。」 集中していて気付かなかったが既に昼近くになっている。 昼食を終えて再度馬車を進めていく。 馬の操縦も習わなければならないので午後からはガリタに教わりながら馬の轡を握る。 ガリタは緊張してどもる時もあるがコツなんかを丁寧に教えてくれるので日が沈む頃にはかなり上達出来た。 次からは一人でも良いとのガリタ先生からのお墨付きだ。 日が暮れ辺りが暗くなる前にテントを張り火を灯す。 少しは野営にも慣れてきた。 夕食を終えた辺りでやっと作業が出来るようになる。 なんの作業かと言うと健の刀作りだ。 武器屋で伝えた考えってのはこの事だ。 素材屋で刀の素材金属は見繕ってきたしなんとかなる!はず。多分…きっと? 焚き火の前で素材を品定め。 鉄や銅など日本でも見られた金属はもちろん、ミスリルなんかのこっちにしかない金属も結構ある。 ミスリルなんかはかなり高かったが、試さない事には如何ともし難いのでとりあえず買ってきた。 「それはミスリルですか?」 「ん?あぁ。インゴットだと高過ぎて買えなかったから鉱石のまま買ってきたんだよ。安い鉄なんかはインゴットで買ってきたけどな。」 「それをどうされるんですか?」 「刀を作りたくてなぁ…」 「え?!出来るんですか?!」 「おいおい、マコト。それは無理だぞ。普通は炉とか専用の施設が無いと作れないんだから。」 「まぁそうなんだけど…凛が手伝ってくれたら出来る気がするんだよ。」 「私ですか?!」 「俺だけじゃ火しか使えないからな。手伝ってくれると嬉しいんだが…」 「もちろん手伝いますよ!ですが…私で大丈夫でしょうか…」 「魔力量の心配か?」 「はい…」 「それは関係ないな。どちらかと言うと魔力の操作力が大切になってくるんだよ。唯一魔力量が必要な火は俺がやるしな。」 「それならば…」 「助かるよ。」 「それで…どう致しますか?」 「まずはそれぞれの金属をより純度の高い物に変えよう。」 「純度ですか?」 「鉄を含めて俺が買ってきたこの金属達は全て純度が低い。恐らく鉱石を溶かして軽く濾しただけなんだろうな。」 「不純物が沢山入ってるんですね。」 「あぁ。それじゃ脆くなってしまうし使い物にならない。俺が火で溶かしていくから凛は濾し器を作ってくれ。」 「濾し器ですか?」 「石を網目状にしたものを作るんだ。目を細かくしてやれば大きな不純物は取れる。」 「分かりました。」 こうして始まった刀造り。 金属の純度を上げていく。 特に大変だったのはミスリル。軽くて硬いという性質を持っているが、融点が高く溶かすだけでもかなり大変だった。 2日目の夜は早速元になる刀の芯を作成する。 より硬い金属である必要があるためミスリルに決定した。 熱して圧力を掛けて冷やしてをひたすら繰り返す。 普段は涼しい顔をしている凛も汗ばみながら手伝ってくれた。 健は自分の刀という事で常に横にいて知っている知識を話してくれていた。 おかげで2日目にして芯が完成し、芯を挟むように鉄を巻き付け、更に叩く! そうして三日目の朝にしてやっと形が完成し、研ぎに入る。 これは健が自分でやった。 素人がやると切れないナマクラに大変身を遂げるし完全に任せた。 そしてやっと完成したのは刀全体が白い刀だった。 健が研いでいるうちに作った柄等を取り付けて最後にしめ縄を手持ち部分に付ける。 木製の真っ赤な鞘に収まった刀。達成感が凄すぎて泣きそうになった。 健と凛に促されて彫り込んだ刀の名は白真刀(はくしんとう)。 安直だとは思ったが、こういうのはわかりやすい方が良いと思ってこれにした。 「おう…感動するもんだな…」 「いやー…これは…ちょっと泣けてくるぜ。」 「真琴様はもちろんですが私のお陰でもあるので咽び泣く様に喜びなさい。」 「いや、本当にありがとう。大切にする。」 「そ、それでいいのです。」 「まさか本当に作っちまうとはな…お前達本当に常識ぶっ壊しっぱなしだな。」 「健さん。似合ってますよ!」 「ほんとか?!いやー!嬉しいなー!」 「ちょっと振ってみて下さいよ!」 「お、おぉ。」 健が刀を振る。 「こ、こりゃぁ…研いでた時からなんとなく分かっちゃいたけど…めちゃくちゃ軽いな…」 「そんなに違うのか?」 「あぁ。剣速が段違いだよ。 それに…これ魔力を宿してないか?」 「え?そんな魔法陣とかは入れてないけどな……確かに魔力を感じるな。 魔法でやったからか?」 「ライラーでも魔法を使いますがこんな事にはなりませんよ。」 「じゃあ…なんでだ?」 「考えられるとしたら…真琴様が無意識に発していた魔力が一緒に練り込まれた…とかですかね?」 「え?なに。俺そんなに漏れてる?めちゃくちゃ恥ずかしいんですが…」 「真琴様に限らず誰しもが漏れてますよ。そう言うものですし。真琴様の場合は魔力量が多いので漏れ出ている量も普通の人より多いので、それが移ったのかと…」 「なんか弊害があるのか?」 「全くありませんよ。むしろ魔力で覆われているので魔法に対する耐性が上がっているのではないでしょうか。」 「つまり魔法を多少は受けられるって事か?」 「オススメはしませんが、恐らくは。」 「そいつは凄いな。」 「白真刀か……」 ニヤニヤしながら刀を見ている健。 ちょっと怖すぎるんですが… 「こいつなら……」 「どうした?」 「あぁ。こいつなら…俺の技についてこられるかもしれない。」 「技?どう言うことだ?」 「昔真琴様が打ってくれた刀を俺は使ってたんだ。」 「こっちでか?」 「あぁ。真琴様は日本を覗き見する事が出来てな。その時に見た刀を俺に作ってくれたんだよ。」 「覚えてないな…」 「まぁそうだろうな。 そしてそれから俺は欠かさずに刀の腕を磨いてきた。」 「それで日本でも剣道やってたのか。」 「まぁ他に俺の強みなんてないからな。 こっちでは剣士ってのは身体強化を使う。それが普通だ。」 「私も使ってるしな。」 「健は魔法が使えないじゃないか。」 「あぁ。でも昔真琴様が言ってくれたんだ。」 「なんて?」 「その剣術なら魔法と変わらないだろってさ。」
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