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今日も最高気温が三十九度に届きそうだというニュースを聞きながら、白い半そでシャツを着こむ。グレーのタイトなスカートを履き、チャックを上げた。鏡で身だしなみをチェックして、腕時計も忘れずに。
時刻は午前七時。いつもよりも早い時間だけれど、そろそろ出発しないと。今日は会社に行かずに取引先に直行する。大人になった私は医療器具メーカーに勤めていた。部署は営業なので、病院に直接営業に行くことがよくある。この日は都心からかなり離れた町にある病院に売り込みだ。
「よし、今日も元気に営業スマイル!」
私は鏡に向けて笑顔を作り、部屋を後にした。
電車を乗り継いで、数時間も揺られていると景色が白いビル群から緑色の山々に変わっていた。思っていた以上に田舎かもしれない。
たどり着いた駅は小さな駅舎で、駅員さんも一人しかいなかった。改札を出て、思わずポツリと言う。
「何もない」
正確には田んぼが広がっている。本当にこの駅で合っているのかと思うほど家がなかった。ただ、ここも都心と変わらず気温が高い。じりじりと日に照り付けられたアスファルトは足元からも熱波を放ってくる。
日焼け止めをもっとしっかり塗ってくるんだったと思いながら、バス停を探す。事前に調べた情報だと駅に着いてから十分後にバスが来るはずだ。バス停はすぐに見つかり、うまくバスに乗りこめた。冷房の効いた車内には私一人だ。
集落にある病院は想像していたより小さくはなかった。施設もしっかりしていて、近隣の町からも患者さんがやってくるようだ。待合室には結構な人数の人たちが座っていた。
少し待たされてから院長先生と対面する。院長先生は眼鏡をかけた優しそうな先生だ。
「それでは失礼します」
頭を下げて、院長室を後にした。よっしゃ! と私は心の中でガッツポーズをする。色よい返事がもらえたのだ。ここまで来たかいがあった。
ちょうどお昼の時間で病院の隣にある定食屋で、奮発してちょっと高いエビフライ定食を頼んだ。サクサクで美味しかった。
しかし、問題はその後起きた。
「ええっ! バス三時間後!?」
バス停の時刻表を見て、目を白黒させる。腕時計の時刻は一時少し前を指していた。通りがかりのおじいさんが見かねて声をかけてくる。
「お姉ちゃん、バスに乗るんだったんかい? ついさっき出て行ってしまったわ。ここは朝と夕方以外本数が少ないからのう」
「あー、お昼食べる前に確認しておくんだった。バスがいない時、皆さんどうしているんですか?」
「ここは田舎だから、みんな車か単車を持っとる。バスを使うのは学生ぐらいかの」
「タクシーはいないんですか?」
「そりゃ、おらん」
はぁとため息がもれた。ありがとうございましたとおじいさんにお礼を言い、スマホを取り出す。地図アプリを使って、現在地を確認した。
「さてと、行きますか」
下ろしていた髪をポニーテールにまとめる。三時間も待っていられないし、最近、運動不足だったからちょうどいい。駅に向けて歩き出した。
それにしても……、暑い!
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