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「……大塚美名子さん、ですよね」
その免許証をまじまじと見て、彼は言う。
「なんとなくお察しみたいですけど、同じ服装で毎日駅前の同じ場所に来てるっていうと、やっぱり僕たちとしても……ね。何かあるのかなって思っちゃうわけですよ。幽霊じゃないのってびっくりしてた人も真面目にいるみたいですし」
「幽霊って足はないんじゃないの?私はちゃんと生えてるわよ?」
「ですねぇ」
ワンピースから覗く足をひらひらさせてみせる。服と違ってサンダルは少々履き古したもので恥ずかしかったがまあそれはそれだ。実は靴だけは代えているのである。大事なのはワンピースと帽子を毎日着てくるこのなのだから。
「同じ服装でっていうけど、ワンピースの方は毎日同じじゃないのよ?似たようなのを複数持ってるってだけなんだから。気に入ってるの、これ」
「気に入ってるだけですか?」
「あら、他にも何か理由があるんじゃないの?とでも言いたげね」
なんだか楽しくなってくる。年下の、しかも警察官をからかってはいけないと思いつつ。ついつい話を振ってしまう。
なんといっても、こちとら淋しい淋しい独り身というヤツなわけで。誰かと話す機会も、めっきり少なくなっている事情があったりするわけで。
「いえ、これは僕の拙い経験と知識からの想像なんですけどね。美名子さんはいつも同じ時間の同じ場所にいるでしょう?それって、なんだか待ち合わせっぽいなって。でも、相手の方がお見えになった様子はないんです。他の先輩方も仰ってますけど、貴女はいつも一時間から二時間ほどここにいて、最終的に一人で帰っていくんですよね。駅から来て、お店にもよらずに待つだけ待ってまた駅に戻るっていう」
なんとまあ、よく観察しているものだ。あるいは、彼の先輩からの情報だろうか。それで?と続きを促すことにする。
「駅前の、同じベンチにいるのは。暑い中でもここが日陰で涼しくてまだ居やすいからっていうのもあるんでしょうし……この桜の木は目立ちますから、何かの目印にいいというのもありそうだなと。そして、貴女のワンピース。同じものではなく、似たようなものを着まわしているというのは……特定の一着にこだわりがあるていうわけではないのですよね。それよりも、真っ白なワンピースに帽子、っていう格好そのものが重要そうだなと感じました」
「へえ、よく気づいたわね」
「その格好のせいで、幽霊じゃないのと言われちゃうこともあるんですよ?……まあそれはともかく。その姿でいつも揃える必要がある、もしくは揃えたい願望があるのは……それが誰かにとっての目印だから、ではないかなと。でも、待ち合わせなら待ち人が来ないのはおかしいし、毎日貴女がここに来て帰っていくというのも不自然です。何より、貴女の目はいつも……人ごみの中を念入りに捜してらっしゃる印象なんですよね。その中に待ち人が偶然紛れ込んでいるのを期待しているみたいに」
「……」
そうね、と私は心の中で頷く。
きっと彼も呆れているのだろう。私とて、本当は――何もかも現実が見えていないわけではないのだ。こんなことをしても、待ち人が来ることなどないと知っている。そもそも私は約束したつもりだけれど、向こうも同じく“約束”だと思っていてくれている保証は何処にもないのだ。
何より。
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