最後のワンピース

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――わかってるわよ。……もうどれだけ、時間が過ぎたと思ってるの。  その時はそのつもり、であったとしても。彼が覚えていてくれるかどうかはまた別の問題なのだ。  実際私自身が――何年も、約束したことを忘れてしまっていたのだから。 「人、多いわよね。この駅前は。S駅といったら平日も土日も若者でごった返す町ってイメージ。テレビで流行に関してインタビューしたかったら、大抵S駅かI駅に取材に行ってる印象だし」  苦笑いしつつ、私は告げる。 「こんなにたくさんの人の中から、探し人を見つけようと一時間、二時間毎日頑張ってるわけ。実に滑稽じゃない?そもそもこの場所にあの人が今更来てくれるだなんて思えない。約束したの、どれだけ前だと思ってるのかっていう」 「S駅って、この路線の駅の中でも新しい方なんですよね。十年くらい前までは存在しなかったのに、今はこんなにたくさん人が来て、若者の街の代名詞になりました。変わらないのは、この桜の木くらいなんですよね」 「そうね。……私があの人と約束した時には、ここは小さなバス停と小さな商店街があるだけの……田舎の町でしかなかったのにね」  もう、この町にあの頃の面影などない。この桜の木くらいだ、名残を残しているのは。  そして、そんな見慣れぬ町の見慣れぬ人ごみに埋もれてしまわないように、あの人が可愛いと言ってくれたワンピースを着て待ち続けている私が此処にいる。バカみたいだと自分でもわかっていた。いくら、事故に遭って何年も入院していて――飛んでいた記憶を最近思い出したからといって。そんな昔の恋に縋って何になるというのだろう。  時代の流れが、止まってくれるわけでもないというのに。 「……美名子さん」  段々と虚しくなってきた私に、お巡りさんの彼は言う。 「こんな話を、聞いたことがあるんです。……恋人を待たせたまま、結局帰ることができなかった男性の話」 「え?」 「その人は、ひそかに想いを寄せる女性がいました。戻ってきたら結婚しよう、と言って……戦後のゴタゴタの中、事業開拓のため海外に渡ったんだそうです。でも、海外で事故に遭ってしまって、記憶を失ってしまって。……記憶を失った中で現地の別の女性と出会って、その人と結ばれて。数十年後、日本に帰ってきてからやっと……すべての記憶を思い出したけれど、もう何もかも時が過ぎてしまった後だった、と」  人ごみの中、彼の声だけはやけにはっきりと私の耳に届いた。  それはきっと、神様の思し召しだったのだろう。――淡い夢が覚める時が来たのだと。だから耳を塞がず、ちゃんとその言葉を聞くように、と。
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