最後のワンピース

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最後のワンピース

 S駅西口の駅前広場には、大きな桜の木が植わっている。  一体何十年この地を見守ってきたのだろうこの木の下のベンチは、夏場でも日陰になり比較的快適に過ごせるスポットだった。  私は小さな鞄を降ろすと、よいしょ、とそこに腰を降ろす。ここ最近の、私の日課だった。平日も休日も、夕方の六時頃に此処に来ては歩き去るたくさんの人々を見送るのである。  正確には、人ごみの中を、目を皿にして探すのだ。  文字通り砂漠から砂粒を探すような可能性だとは分かっていたが、それでも繰り返さずにはいられなかった。――此処に近づく人の中に、いつかもしかしたらあの人が現れてくれるかもしれないのだから。 ――ほんと、ここ最近は暑くて嫌になるわ。熱中症で倒れる人が続出してるっていうのもわかる気がする。  ピンクの花飾りのついたつばの広い帽子に、ワンピース。此処に来る時の私の服装は決まっていた。だからだろう、どうにもここのところチラチラとこちらを見る人の視線が痛いような気がする。毎日のように夕方六時、同じ服装でベンチに座っているのだ。そりゃ通勤通学の若者達に覚えられてしまうのも無理のないことではあったが。 「あの、すみませんー」 「ん?」  いつの間にそこにいたのだろう。すぐ近くに、制服姿のお巡りさんが立っていた。眼鏡をかけた、まだあどけない顔の若い男性だ。やだ、結構タイプかも、なんてのはここだけの話。なんといっても、まるっこい目の形があの人によく似ていて可愛らしいときている。 「……ごめんなさい、ぼーっとしてたわ。もしかして何回も声かけてた?」 「え?ええ、まあ」 「ごめんなさいね。別に怪しいことしてるわけじゃないんだけど。……お巡りさんに声かけられちゃうってことは、やっぱり不審がられちゃった?」  私が尋ねると、そういうわけじゃないんですけど、と彼は困ったように笑った。見れば見るほど若そうだ。今年交番勤務になったばかりなのかもしれない。十代にも見えそうな童顔の青年に、ついつい意地悪がしたくなってしまう。  年上の余裕を見せつけたくなるのは、昔からの悪い癖だ。 「私言っておきますけど幽霊とかじゃないですからね?ほら、これ。ペーパードライバーってやつだけど、ちゃんと免許も持ってるんだから」  ひらひらと免許を財布から取り出して見せる。別に提示を求められたわけでもないのだが、単純に面倒だっただけだ。やましいことなど何もありません、ということを証明するのに、自分から見せるのはなかなか効果的と知っている。  はっきり言って身分証明書代わりに免許を取ったようなものなのだ。なんといっても、保険証などでは写真がついていないものだから。
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